第3話:王都の凱旋と、うごめく悪意
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隣国ペコペコ王国の特務騎士団長を文字通り「影から」葬り去った空。
暗殺を終えて王都に戻った彼を待っていたのは、束の間の休息ではなく、次なる「政治の舞台」と新たな火種でした。
表向きの英雄と、裏の裏切り者。その二つの顔を使い分ける十二歳の少年の日常と、不穏に動き出す王宮の権力闘争をお楽しみください!
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ペコペコ王国の特務騎士団長『白銀の剣』の暗殺から数日後。
国境の要衝ザッソウから馬を走らせた連才空は、何食わぬ顔でモクモク王国の首都へと帰還していた。
馬車から降り立った空の姿に、通りすがりの平民や下級貴族たちが思わず道を譲り、畏敬の視線を向ける。
「おい、あれは連才様の……」
「まだ幼いというのに、あの落ち着き払った佇まい。さすがは我が国を救う英雄の一族だ」
「最近も隣国の不穏な動きがピタリと止まったらしいぞ。やっぱり、あの人たちが……」
小声で囁かれる賛美や畏怖の言葉を、空は一切の表情を崩さずに聞き流した。
(英雄、か。笑わせる)
人々が口にする「英雄」とは、表向きの綺麗事を並べ立てる者たちのための言葉だ。その実態は、夜陰に乗じて敵の喉元を掻き切り、国家間の均衡を血で塗り固めているだけの「殺人鬼の一族」に過ぎない。だが、平民や王族がその幻想に酔いしれているおかげで、連才家は莫大な特権と安全を保障されている。
利害の一致。それ以上でも以下でもない。
空は冷徹にそう割り切りながら、馬車を降りて一族の屋敷へと足を向けた。
屋敷の門をくぐると、父である当主が静かに待っていた。
「ご苦労だった、空」
「任務は滞りなく。レナートの所持していた機密文書と証拠品はすでに回収し、すべて処分、あるいは我が家の情報庫に収めました」
空が淡々と報告すると、父親は満足そうに目を細め、深く頷いた。
「さすがだな。ペコペコ王国の特務騎士団長を、痕跡一つ残さずに葬り去るとは。お前の『業』の精度は、日増しに底知れぬものになっている」
「父上の教えと、我が家に流れる血のおかげです」
謙遜とも皮肉ともつかない返答に、父親は低く笑った。
「だが、気を引き締めろ。隣国が大人しくなったとはいえ、我が国内の『敵』が静かになるとは限らん。むしろ、我々連才家がこれほど強大な功績と権力を手に入れたことで、王宮内の古い貴族派閥どもが面白半分で毒を盛ろうと動き出している」
空の眉間がわずかに動いた。
「……王宮内の人間が、ですか」
「そうだ。表向きの騎士道や貴族の伝統を重んじる連中にとって、我々のような『影の仕事』で成り上がった新参者は目の上のたんこぶだからな。特に、宰相派の動きが怪しい」
父親はそう言うと、一枚の豪華な招待状を空の前に差し出した。
「今週末、王宮で開かれる夜会だ。国王陛下が我が家の今回の功績をねぎらう名目だが、実態は各勢力の腹を探り合う泥試合だ。当主である私だけでなく、次期当主としてお前も顔を出すように命じられている」
空は招待状を受け取り、その硬質な紙の質感を指先で確かめた。
(夜会、か……)
前世の記憶を持つ空にとって、派手なドレスやスーツを着飾った人間たちが笑顔で毒を盛り合う社交界ほど、面倒くさい場所はなかった。剣の届かない場所で、言葉と権謀術数によって相手を社会的、あるいは物理的に抹殺しようとする空間。それは裏の暗殺と本質的に変わらない、上品な形をした殺し合いの場だ。
「分かりました。出席します」
空は表情を変えずに即答した。
「ふっ、嫌な顔一つせんか。お前を見ていると、私自身の子供時代がひどく浅ましく思えてくるな」
父親はどこか感心したような、それでいて冷酷な笑みを浮かべた。
「夜会では、宰相派の取り巻きどもが、お前の出自や我が家の権力拡大について探りを入れてくるはずだ。だが、ボロを出すなよ。我々の最大の武器は『正体が知られていないこと』だ」
「承知しています。ただの無口で愛想のない貴族の坊っちゃんを演じればいいのでしょう」
「そうだ。……だが、もし我が家に害をなす決定的な牙を剥いてくる者がいれば……その時は、場を乱さぬよう、静かに処理の準備をしておけ」
「――了解しました」
親子の会話はそれだけで終わった。
言葉の端々に漂う「殺意」の自然さに、空は改めて自分が異常な環境に生きていることを実感しながらも、奇妙な心地よさを覚えていた。ここには、前世の会社にあったような理不尽ななあなあと妥協はない。すべてが「生存」と「力」という明確な基準で回っている。
自室に戻った空は、窓辺に立ち、夕暮れに染まる王都の街並みを眺めていた。
遠くに見える王宮の巨大な尖塔が、まるで夕日に血を吸われたかのように赤く染まっている。
(ペコペコ王国を片付けたと思ったら、次は国内の権力闘争か……。人間という生き物は、いつの時代も争うこと以外に脳がないらしい)
空はポケットから、小さな黒いガラス瓶を取り出した。
いつでも、どんな場所でも、必要となれば一瞬で相手の命を奪うことのできる「死の雫」。
この世界において、暴力はすべての説得力であり、最終的な盾である。神がどれほど「暗殺」を禁じようとも、現実に人を縛り、守っているのは、こうした影の技術にほかならない。
「神様、ねえ……」
空は誰に聞こえることもなく、ポツリと呟いた。
この世界を創ったという神は、果たして今の王国の血塗られた繁栄や、自分が影で人を刈り取っている現状を上から見て、何を思っているのだろうか。怒りに狂い、天罰を下すだろうか。
それとも、人間同士が泥臭く足掻き、互いを呪い合う姿を冷ややかに見下ろしているだけなのだろうか。
どちらでもよかった。
もし神という存在が自分の生存や一族の平穏を脅かすというのなら、いつかその神すらも――この手で暗殺対象のリストに加えてやるまでだ。
少年の瞳の奥で、常人にはない深い闇を湛えた黒い魔力が、不気味に、そして力強く脈打った。
王宮の夜会という名の仮面舞踏会は、もうすぐそこまで迫っていた。
第3話をお読みいただき、ありがとうございました!
無事に任務を終えて王都へ帰還した空。しかし、平和が訪れる間もなく、今度は王宮内の権力闘争、宰相派の陰謀という新たな火種が彼を待ち受けていました。
次回、いよいよ華やかな夜会の舞台で、影の貴公子が貴族たちを相手にどのような立ち回りを見せるのか……!
それではまた第4話でお会いしましょう!




