↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星輪のギメルス エセル編  作者: アドム・ザナヴ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/28

第26話 白島の怪異③

「おい! 八兵衛! お前の愛弟子であり甥っ子なんだろう! なんとかしろ!」

「あっしとあいつに、血の繋がりはねぇですって!」

「叔父貴ィィィイイッ! 助けてぇぇええ!」


 狂犬(グール・ハウンド)五匹の群れを引き連れ、涙目と鼻水をまき散らしながら猛然と駆け戻ってくる武虎。メルと八兵衛が言い合っている間にも、彼我の距離はみるみる縮まっていく。


 メルは歯打ちし、双剣の切先を下げた。

 狂犬五匹に対して、現状迎撃できるのはイマ、エセル、ハムサ、八兵衛の四名。しかし、乱戦になれば、戦闘経験の浅いエセルが狂犬の牙――すなわち死に至るグール熱の感染――に晒される危険がある。メルは最悪の事態を想定し、フラフラとよろめく大土竜へのトドメを後回しにしてでも、狂犬を迎え撃つ盾になろうと踏み出した。


 そのメルの動きを、八兵衛の鋭い声が制止する。


「メル殿! 別にこっちに加勢しなくてもいいですぜ! そのまま、早めにそのデカ物を仕留めてくだせぇ!」


 八兵衛は素早く印を結びながら、前方の武虎に向かって怒鳴った。


「そして武虎! こっちに真っ直ぐ向かってくるんじゃねぇ! 円を描くように、あっしらの周りを走るんでさ!」

「チッ! 八兵衛のくせに生意気な! ……ああ、分かった、任せろ!」


 メルの背後で、再び大土竜に立ち向かう気迫が膨れ上がる。


「か、かしこまりやしたァアアア! ……って、ひぃぃぃ!? な、何ですか後ろのデカ物はぁぁ! まさか、あれも犬じゃないですよねぇええ!?」

「こんなデカい犬がいてたまるか! モグラでさぁ、モグラ!」


(こんなにデカいモグラもいませんけれどね……)


 エセルは心の中で密かにツッコミを入れたが、今は呑気に構えている場合ではない。

 八兵衛の指示の意図は、エセルにもすぐに理解できた。武虎がこちらへ直線的に逃げてくれば、魔法で援護した際に武虎自身を巻き込む危険がある。しかし、円を描くように走らせれば……。


「八兵衛、魔法で後ろの狂犬を横から狙い撃てばいいのですね!」

「そういうことでさ! 犬ってのは集団での近接戦が得意なんで、距離を取って魔法で間引くのが得策ですぜ!」


 エセルは杖代わりのイナウレスに意識を集中させ、虚空に灼熱の火球(ファイアボール)を生成した。しかし、狂犬たちに向けて放とうとしたものの、武虎を追って目まぐるしく横へ移動する的を前に、どうにも狙いが定まらない。


(当たらない……! 少しでも狙いが逸れれば、武虎さんに……!)


 焦るエセルの横で、母イマがまるで見本を見せるかのように、凛とした声でマターナを紡いだ。


「『火槍(フレイムランス)』」


 シュガァァッ! と、真っ直ぐな槍の形に圧縮された炎の柱が射出され、走り抜ける狂犬の一匹の胴体を正確に貫き、一瞬で黒焦げにした。


「エセル! 相手を直接狙うのではありません!」


 イマの厳しい声が響く。


「相手の『移動先』を狙って撃つのです! 犬たちが武虎殿を追い、一定方向に同じ速さで走っているのなら、次にどこへ来るか予測はつくはずです!」

「か……かしこまりました!」


 エセルが必死に狂犬の動きに目を凝らす間にも、背後ではメルの双剣が大土竜の巨体を打つ轟音が鳴り響いていた。


「ちぃっ! 隊長の一撃を喰らっても、なおこの硬さか! 本当に頑丈なヤツだ!」

「ギシャァァッ!」


 大土竜はメルの猛攻を耐え凌ぎながら、再び鋼鉄の爪で地面をえぐり、土煙を上げて地中へと逃げ込んだ。


「すまん! また潜られてしまった!」


 メルの悔しげな声に、イマが即座に指示を飛ばす。


「メル、あなたは狂犬に手出し無用です。そのまま、私たちにモグラの地中の動きを教えてください!」


 その数秒の間に、ハムサの放った石礫(いしつぶて)と八兵衛の風の刃によって、さらに二匹の狂犬が仕留められ、残るは二匹となっていた。


「お嬢!」


 八兵衛が、未だに火球を放てずにいるエセルに叫んだ。


「武虎に向けて撃ちなせぇ!」

「叔父貴!? 何を言うんですかぁぁぁぁッ!」


 走りながら武虎が悲鳴を上げる。


「えっ!? 大丈夫なのですか!?」


 エセルも耳を疑った。


「大丈夫です! お嬢の火球の速度と、狂犬の走る速度なら、武虎を狙うくらいで丁度いい場所に当たりやす! 万が一武虎に当たったとしても、かすり傷で済むんで問題はねぇです!」

「俺の命が大問題ですよぉおぉお!」

「武虎、お前は一定の速さで走り続けるんでさ! 怖がって後ろに戻ったら、それこそお嬢の魔法でお焚き上げになりやすぜ!」

「やっぱりぃぃいい!?」


 武虎の絶叫を聞きながら、エセルは迷いを振り切った。八兵衛の空間把握能力と、彼が自分を信じてくれていることを信頼する。

 エセルは、走る武虎の背中にあえて焦点を合わせ、そこから僅かに後ろ、狂犬たちが踏み込むであろう空間に狙いを定めた。


「『火球(ファイアボール)』ッ!!!」


 放たれた火炎の球体は、夜闇を切り裂いて飛翔し――ドンッ! と、狂犬たちの鼻先、武虎の数歩後ろの空間で見事に炸裂した。

 残っていた二匹は炎の爆発をもろに浴び、悲鳴を上げる間もなく燃え上がり、炭化して崩れ落ちた。


「やった……!」

「犬ころは、もういませんよね!?」


 武虎が安堵の声を上げ、思わず足を止めようとした。


「武虎! 止まるなぁぁっ!」


 メルの鋭い警告が響いた。

 直後、武虎の背後――エセルが放った火球の爆発音が響いたまさにその地点に向かって、音と振動に敏感な大土竜が、地中から凄まじい勢いで飛び出してきたのだ。

 四メートル級の巨躯と鋼鉄の爪が、武虎を上から押し潰そうと迫る。


「うおっ!?」


 武虎は野生の勘とも呼べる反応速度で、咄嗟(とっさ)に横へと飛び退いた。ズゴォォンッ! と、彼が先ほどまでいた地面が、大土竜の巨体によってクレーターのように抉(えぐ)り取られる。


「ふー……危ない危ない」


 土煙を払いながら立ち上がった武虎の表情から、先ほどの犬に対するパニックが嘘のように消え失せていた。


「でも、犬さえいなけりゃ、俺の天下ってやつですねぇ」

「武虎! お前は下がるんでさ! あとはあっしらでやりやすぜ!」


 八兵衛の焦燥にも似た制止を、武虎はあっけらかんと笑い飛ばした。


「叔父貴! 心配はいりませんよ! モグラっていったら、畑に出た奴は今まで全部処理してきたんで! 慣れてますよ!」

「大きさが根本的に違えでしょうが!」


 八兵衛が的確なツッコミを入れている間にも、武虎は近くの畑の隅に転がっていた、使い古された腕無しの案山子(かかし)の太い木の棒を拾い上げ、まるで名刀でも構えるかのように上段に構えた。


「朝練の成果! 今ここでお見せいたそう!」

「案山子の棒切れじゃ、そいつの鋼鉄の爪は防げねぇ!」

「へへっ、なら競り合わなきゃいいってことですね! さすが叔父貴、ご助言助かりやす!」

「人の話を全く聞いてねぇな!?」


 会話が成立しない武虎をよそに、大土竜は再び地中へと潜り込んだ。

 しかし、武虎は全く動じる様子を見せず、案山子の棒を肩に担いだまま、まるで散歩でもするように土煙の中を歩き始めた。


「あ、今ここら辺ですね。ふんふん」

「……分かるのか?」


 メルが驚きの声を漏らす。


「畑を荒らす害獣のことは、土の匂いと足元のわずかな震えで、ある程度分かりますよ。……って、きたきた!」


 武虎は、何もない地面を見つめたまま、「いーち、にーい、さーん!」とテンポよく数え、突如として真上へ向かって思い切り跳躍した。

 直後、ドンッ! という爆発的な地鳴りと共に、武虎が先ほどまで立っていた地面を突き破り、大土竜が顎を大きく開いて天へ向かって飛び出してきた。

 その光景は、誰の目にも「空中に逃げた武虎が、下から大土竜に丸呑みにされる」絶望的な構図に見えた。


「武虎さぁぁぁあああんッ!」


 エセルが悲鳴を上げる。


 しかし、武虎の目は恐怖ではなく、害獣駆除に燃える農夫の鋭い光を放っていた。

 彼は空中で体を捻り、手にした案山子の棒を、遥か下から迫り来る大土竜の頭頂部へ向けて、力いっぱいに振りかぶっていた。完全なる打ち下ろしの構え。


「畑を荒らす者は、何人たりとも許さん!」


 武虎の野太い声が、白島の夜空に轟く。


「土に還るがいい! 【武虎流奥義・天地返(てんちがえ)し】ッ!!」


ドッゴォォォォォンッ!!!


 武虎の振り下ろした案山子の一撃が大土竜の脳天にクリーンヒットした瞬間、常軌を逸した衝撃波が発生した。

 四メートル級の巨体が、空中で完全に勢いを殺され、そのまま隕石のように地面へと叩きつけられたのだ。


 だが、それだけでは終わらなかった。

 大土竜が地面にめり込んだ瞬間、武虎の打ち下ろした衝撃が大地そのものに伝播したかのように、前方数十メートルにわたって地鳴りが走り、土砂が火山のように一斉に噴き上がったのだ。


ズズズズズンッ……!


 空中に跳んだ人間の、しかもただの木の棒による物理攻撃とは到底思えない破壊力。

 土煙が晴れた後には、完全に気を失い、白目を剥いて地面のクレーターに沈む大土竜の姿があった。


 エセルたちは、そのあまりにも理不尽な光景を前に、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。


「……あれは、まさか【マターナ】ですか?」


 イマが、信じられないものを見るような目で呟いた。

 ハムサも同じように口を半開きにして答える。


「いや、魔力は一切感じませんでしたが……。威力と現象だけ見れば、たしかに高位の土の魔法のように見えましたね……」


 メルは、静かに剣を鞘に収め、感心しきった様子で八兵衛を見た。


「八兵衛。お前の愛弟子……一体、何者なんだ?」

「…………」


 八兵衛は、完全に顎が外れたように口をポカンと開けたまま、一言も発することができなかった。


 エセルもまた、何も言えずにいた。ただ一つ、土煙の向こうから聞こえてくる武虎の自信に満ちた声だけが、妙にハッキリと耳に届いていた。


「へへっ! もぐら打ちなら、この武虎にお任せあれ! あなたの畑に、すぐに伺いますってね!」


 誰も一言も発しない。

 ただ烏の鳴き声と、粉砕された案山子の棒が折れ落ちる音だけが、気まずい静寂を埋めるように白島の夕暮れにこだましていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。