第27話 六方の宴会①
星霊暦五〇四年一月二十六日(土)夜。
「いやぁ、実にたまげたもんだ! まさか、さっそくあの化け物を倒しちまうとは。旅人さんたち、本当にお強いんですなぁ!」
「ささ! 皆さん、遠慮せずに飲んで飲んで!」
「お姉ちゃんたち、本当に綺麗ー! どうしたら、お姉ちゃんたちみたいになれるの?」
「い、いや……あの魔物が今回の事件の元凶かどうかは、まだハッキリとは分かりませんから……おっとっと」
白島、六方の集落。
その一角にある広大な屋敷の広間で、エセルたちは地元住民たちからの凄まじい熱気と歓迎の嵐に揉まれていた。
夕刻に大土竜を討伐した後、武虎は事の次第を報告するため五色藩の役所へ走り、八兵衛も姉であるお七の元へと急いだ。
役人からの簡単な取り調べと状況説明を終えた後、お七の旦那・平茂作の兄にあたる六方一帯の農園主、平畑中の計らいにより、急遽この大宴会が催されることになったのだ。
広間の畳の上には、大皿に盛られた料理が所狭しと並べられている。
旬の地魚を分厚く切った刺身の盛り合わせ、香ばしい匂いを漂わせるすり身揚げ、豪快に焼かれた五色牛の焼肉、そして酢飯に魚を乗せた「寿司」と呼ばれる色鮮やかな料理。各自が小皿を持って好きなものを自由に取り分けるという阿倭特有の宴の形式は、エセルにとって新鮮で楽しいものだった。
「阿倭に来てからお箸の練習をしていますが、なかなか上手くいきませんね……薬指の筋肉が疲れてしまいます」
エセルは二本の木の棒を不器用に操りながら、よりどりみどりの料理を懸命に自分の小皿へ移そうと悪戦苦闘していた。
「私も昔、お城のテーブルマナー講習で他国の特訓としてやりましたが、何本箸を折ったことか……。その点、エセル様はお上手ですよ! うん、うまい! うまいうまい!」
メルはもはや箸を完璧に使いこなし、次々と白島の御馳走を口に運んでは至福の表情を浮かべている。
「おお! 青髪の姉ちゃん、見事な食べっぷりだねぇ! うちらの若い衆にも見習ってほしいくらいだ!」
大土竜退治の噂を聞きつけて集まった近隣の住民たちも入り乱れ、もはや誰が誰だか分からないほどの賑わいを見せていた。
宴の席は、自然と三つの輪に分かれていた。
上座には、家主である平畑中、お七の旦那である茂作、その父親である平茂吉。そしてイマと八兵衛とハムサ。
下座には、食事や飲み物の世話を焼く女性陣が立ち働き、その間の「中座」に、エセル、メル、そして武虎が陣取っていた。
エセルは少し箸を休め、上座で大人たちが交わしている会話へとそっと耳を傾けた。
「畑中様。急にもかかわらず、こんなに御馳走や催し物までご用意していただいて、大変恐縮です」
イマが杯を傾けながら、優雅に礼を述べる。
「いえいえ! イマ様たちが来られなければ、もしかしたらこの六方一帯も全滅だったり、手塩にかけた畑を全部あの大土竜にやられてしまっていたかもしれませんからな。白島の救世主を歓迎しなければ、お天道様から罰が下りますって」
人の良さそうな笑顔で畑中が答える。
「しかしながら、立派なお屋敷ですね。平家の方々は、このあたりの地主様でいらっしゃいますか?」
「いえいえ、そんな幕府の役人とかではなく、先祖がこの六方に流れ着いて開墾した土地で、運よく地主になったといったものです。私も畑の管理をしますし、ちょっと偉い小作人といった程度のものですよ」
「なおさら、凄まじいことですね。この一帯の土地を開墾するとは……どれだけの年数を重ねられたのでしょう」
イマの感嘆の声に、畑中が照れくさそうに首を振る。
「そんなに褒められたもんじゃないですよ。もともと、うちの親父の上の世代が、この六方に集団でやってきて一気に畑を耕して住み着いただけなんで。凄いのは親父までの世代ですね」
「まぁ。二世代で、これほど見事な畑を……。お父様は、本当にお凄いのですね」
イマが、畑中の左隣で上機嫌に日本酒を飲んでいた父・茂吉に話を振った。
白髪交じりの頑固そうな老人だが、異国の美しい女性に褒められ、茂吉は頬を赤くして嬉しそうに語り出した。
「そうじゃ! わしがまだ子どもの頃、父や母たち、親族一丸となって、この六方の潟の周りを、生きるために必死に畑にしたんじゃ。最初の頃はなかなか上手くいかんかったが、この五色列島は海の幸には困らんかったんで、なんとか食いつなげたんじゃよ」
「このように、二世代で見事な土地に育て上げられたのですから、ただの地主ではないと思っておりましたが……平家の皆様は、本当に素晴らしい結束力をお持ちですね」
イマは、言葉を選びながら丁寧に相槌を打っていた。おそらく彼女は、平家がこの六方に「集団で流れ着いた」理由を、すでになんとなく察していたのだろう。
しかし、お酒が入って気持ちが大きくなったのか、茂吉は突然体をブルブルと震わせ、広間に響き渡るような大声を上げた。
「そうじゃ! あんたの言う通りじゃ! わが平家は……いや、『夏家』の結束は、阿倭一なんじゃぁッ!」
「平家? 夏家……?」
イマが不意の言葉に目を瞬かせる。
息子の畑中と茂作が、慌てて父の両肩を掴んだ。
「親父! 飲みすぎだって! お七! 悪いけど水を持ってきてくれ! ……すみませんねイマ様、親父の昔話の癖が出ちまって」
息子たちに押さえつけられたことに立腹した茂吉は、その腕を力強く振り払い、立ち上がって説教を始めた。
「お前らは、ぬるい! あの憎き冬家の『鍬倉幕府』を打倒せんがため、この五色列島という辺境で力を蓄え、反撃の狼煙を上げるというのに! お前らと言ったら、畑で銭稼ぎすることばかりに夢中になりよって! わしが子どもの時は、父に『畑の開墾はあくまでも食いつなぐための方便だ』と言われ、毎日兵法も叩き込まれたというのに、なぜお前らは真面目に剣をやらん! 鍬倉幕府を倒したくないのか!」
「いや、親父! だから鍬倉幕府はもう無いんだってば! 今は、利家による『烏鷺町幕府』の世の中なんだから! 今さら『打倒鍬倉幕府』なんて言って刀なんか振り回したら、俺たちが烏鷺町の役人さんに捕まるっての!」
「悔しいのう……悔しいのう……ッ! せっかく、夏清盛様により卑天皇を擁立し発展した栄華なる夏家が、あの憎き冬頼朝の裏切りによって、このような島流しに遭うとは……! 打倒ぉぉ! 鍬倉幕府ぅぅッ!」
茂吉の酔いと興奮は頂点に達したようだった。その昔話と共に育ってきたであろう老人たちは「おおっ!」と歓声を上げたが、畑中や武虎たち以下の若い世代は、「また始まった」とばかりに至って冷静に焼き肉をつついていた。
お七の旦那である茂作が、イマに申し訳なさそうに頭を下げる。
「本当にすみませんね、イマ様。こんな、よくわからない身内の歴史話を聞かせてしまって……しかも、親父の世代はすでにこの六方に住んでいる世代なんで、本当は『夏冬合戦』なんて、親父自身も体験してないんですよ」
「いえ、とても興味深いお話でしたよ。お七さんから伺った、烏鷺町幕府や明天皇、巫天皇、それに嬉野忍ギルドのお話の他にも……数十年前に、それほど大きな戦いがあったとは。阿倭の歴史も、複雑なのですね」
「ええ、そうなんですよ。あまりにも時代の流れが速すぎて。俺たちはもう、遠い昔の戦いとかじゃなく、この土地の畑を大きくして、平家として一族を食わせていく方が大事だと思ってますんで」
「……御父上のお気持ちも、痛いほどよく分かります。そして、茂作様たちの現実を直視するお気持ちも、非常に賢明だと思います。平家は、これからですね」
「はい」
イマは、静かに杯の酒を飲み干した。
復讐と過去の栄光に燃える茂吉の姿。そして、姓を変えてでも現実を受け入れ、一族を絶やさないように土に根を張る畑中や茂作の立場。
どちらの想いも、国を失ったイマの胸には、深く突き刺さっていた。
(阿倭という遠い異国にも、我々と同じように、国を追われ、名を隠して暮らしている者たちがこんなにもいるのね……)
イマは、下座で笑うエセルの横顔を見つめた。
自分が愛する娘にしてやれる最高の選択肢は、本当にこのまま遠く西のカーヴォード王国へ逃げ延びることなのだろうか。
しかし、今日ここで、したたかに、そして力強く生きる「夏家」の末裔たちの姿を見て、イマの心に一つの確かな思いが生まれていた。
――まだ、一族が多く残っているのであれば。希望があるのならば、やはり向かうべきだ。カナン再興という『未来』のために。
一方、騒がしい宴の席で、空八兵衛は今日初めて会う姉の親戚たちの話を静かに聞いていた。
その隣に、会話相手がおらず手持ち無沙汰になったハムサが、とくりと酒を注ぎに来た。
「どの国も、大変な歴史を背負っているのだな」
「んですねぇ。あっしも、久しぶりに故郷に帰ろうと思ったら、自分のギルドが無くなっちまってたんで、世の中何が起こるか分からないもんでさぁ」
「何か起こる前に、早く目的地にたどり着きたいものだ。頼むぞ、八兵衛」
「……ハムサ殿と飲んでると、なんだか雰囲気がありやすね」
「ん? どういうことだ?」
「いや、あっちで肉を頬張ってるメル殿と違って、落ち着いてしっぽり酒が飲めるってことでさぁ」
「ふふ。なんだ、大人っぽくて八兵衛らしくないな。どうした?」
「いや、なんとなくですね。こういう静かな日もありやすよ」
騒がしい宴会の熱気の中、八兵衛は阿倭の人々の楽しそうな笑顔を眺めながら、しみじみと故郷の酒を味わっていた。




