第97話 受け取らなかったから
「――三十七」
俺は、その数を、繰り返した。
「三十七だ」
師匠は、言った。
「王都だけでな。……近隣の街からも、報せが来ている」
◇
彼は、机の上の才牌を、指で示した。
十枚ほど、並んでいた。
――全部、五つの升目が白い。
「――師匠、これは」
「――才牌ではない」
彼は、あっさり言った。
「え?」
「形だけだ」
彼は、一枚を持ち上げた。
「重さが違う。……本物より、三割軽い。中身が、入っていない」
◇
フィナが、【看破】を使った。
十秒くらい、動かなかった。
それから、両手で口を押さえた。
「――空です」
「――そうだ」
「器だけ配られています」
「――そうだ」
師匠は、椅子に座った。
「四十年、この仕事をしている。こんなものは、見たことがない」
◇
俺は、その才牌を見ていた。
――白い、五つの升目。
「フィナさん」
「はい」
「これ、俺のせいですか」
フィナは、答えなかった。
答えないまま、紙束を開いた。
――手が、速かった。
◇
「――日付を、確認します。授才の儀は、四日前です。……では、それ以前に、何が起きましたか」
彼女は、自分で答えた。
「――十一日前。百才会戦が、終わりました」
「終わりました」
「優勝者は、あなたです」
「はい」
「――そして、あなたは、優勝賞品を辞退しました」
◇
俺は、その言葉を、聞いた。
――神々の才牌。
真っ白な、何も書かれていない板。
――才能を、なくす才牌。
「――辞退しました」
「十回の会戦で、初めてです」
フィナは、紙束をめくった。
「過去九回。……全員、賞品を受け取っています」
彼女は、言った。
「受け取って、才能を全部失って、そして、記録から消えました」
「――センさんは」
「受け取りました」
彼女は、あっさり言った。
「――二百三十一枚、消えました」
「――二百三十一」
「消えました」
◇
彼女は、顔を上げた。
「――その二百三十一枚は、どこへ行きましたか」
部屋が、静かになった。
師匠が、椅子から身を乗り出した。
「お嬢さん、何を言っている」
「――才能は、消えません。四十年、そう教えていただきました」
◇
師匠は、口を開いて、閉じた。
「――才牌は、壊せません」
彼女は、言った。
「銘は消せますが、器は残ります。……消えたように見えるものは、移っただけです」
「――どこに移る」
「――それを、伺っております」
彼女は、あっさり言った。
彼女は、白い才牌を指した。
「そして、十五歳に配られる才牌には、中身が必要です。中身は、どこから来ますか」
◇
俺は、その質問を、聞いていた。
――答えが、頭に浮かんだ。
――浮かんだけど、口に出したくなかった。
「誰かから、来るんですね」
「たぶん」
フィナは、言った。
「――そして、百年に一度、大量に集める日があります」
「百才会戦」
「はい」
◇
俺は、その言葉を、飲み込んだ。
――百人が集まる。
――才牌を奪い合う。
――優勝者が、全部集める。
――そして、賞品で、全部消える。
「――集めさせて、まとめて回収してるんですか」
フィナは、答えなかった。
答えないまま、紙束を閉じた。
「――仮説です」
彼女は、言った。
「証拠は、ありません。……ですが、数が合います」
彼女は、白い才牌を見た。
「今年、配る中身が、足りていません」
俺は、その場に立っていた。
――俺は、賞品を辞退した。
――だから、俺の才牌一枚は、回収されなかった。
――そして、三十七人の子供が、空の器を受け取った。
「フィナさん」
「はい」
「俺、受け取った方がよかったんですか」
フィナは、初めて、答えるのに時間がかかった。
「わかりません」
彼女は、正直に言った。
「――ただ、一つだけ、はっきりしています」
「――なんですか」
「明日には、街が、あなたのせいだと言い始めます」
俺は、その言葉を、聞いていた。
「――当たってますよね、それ」
「――当たっています」
彼女は、あっさり言った。
「――ですが、順番が違います」
「――順番」
「――先に、白紙にした人がいます」




