第95話 空白にはしません
立会所を出たところに、白装束が立っていた。
――布は、被っていなかった。
三十くらいの、どこにでもいる男の顔。
――目だけが、疲れている。
「センさん」
「――ロイ様」
彼は、深く頭を下げた。
「――お久しゅうございます」
「七日ぶりです」
「――わたくしには、七日が短うございます」
◇
アルディスが、身構えた。
「――……お前は」
「百才会戦、進行役を務めております」
センは、そう名乗った。
「そして、第一席にございます」
「第一席」
「はい」
「――そんな席次は、聞いたことがない」
「百年、誰も勝てませんでしたので」
◇
アルディスは、その男を見た。
――胸を見た。
「――才牌が、ない」
「――ございません」
「一枚も、か」
「一枚も」
◇
センは、あっさり言った。
「――あなたと、同じでございます」
アルディスの動きが、止まった。
「センさん」
俺は、聞いた。
「――何をしに来たんですか」
「――届出を、写しに参りました」
彼は、懐から石の名簿を出した。
「才能決闘は、すべて会戦の記録に残ります」
「――全部ですか」
「全部でございます」
彼は、名簿を指で撫でた。
「百年、千三百八十四件を、写してまいりました」
彼は、そう言った。
「――そのうち、才牌ゼロの者が申し込んだ例は、ございません」
「――今日で、一件目ですね」
「一件目でございます」
◇
彼は、名簿に、指で文字を書いた。
――光った。
書かれた文字が、石の中に沈んでいった。
「――ロイ様」
「はい」
「一つ、申し上げてもよろしいですか」
「――どうぞ」
「この決闘の記録は、空白にはいたしません」
◇
俺は、その言葉に、引っかかった。
「――空白?」
「はい」
彼は、名簿を閉じた。
「――会戦の記録には、十回分の空白がございます」
「――優勝者の欄ですよね」
「さようでございます。わたくしの名も、そこにございません」
◇
フィナが、前に出た。
「センさん」
「はい」
「なぜ、消えるのですか」
◇
センは、しばらく、答えなかった。
それから、言った。
「わかりません」
「百年、考えたと仰いました」
「考えました」
「――答えは」
「出ておりません」
◇
彼は、名簿を懐に戻した。
「――ですが、一つだけ、わかったことがございます。空白になるのは、優勝者の欄だけです」
彼は、言った。
「――……」
「敗者の名は、全部、残っております」
彼は、そう言った。
「千三百八十四件。……負けた者の名は、一件残らず、記録にございます」
「――一人も、消えてないんですか」
「一人もでございます」
彼は、顔を上げた。
「――消えるのは、勝った者だけでございます」
◇
俺は、その言葉を、飲み込んだ。
「センさん」
「はい」
「――俺、消えますか」
センは、答えなかった。
答えないまま、深く頭を下げた。
「――ですので、こうして、地上に降りております」
彼は、そう言った。
「百年、わたくしは、島から出ませんでした」
彼は、そう言った。
「――七日前から、毎日、降りております」
「――なんでですか」
彼は、言った。
「――あなたが、まだ記録に残っているかを、確かめるためです」
◇
俺は、その言葉を、聞いていた。
――毎日。
九万九千九百九十九段を。
――才牌ゼロで。
「センさん」
「はい」
「――階段、上り下りしてるんですか」
「――しております」
「毎日ですか」
「毎日でございます」
「――膝、大丈夫ですか」
センは、そこで、初めて、少しだけ笑った。
――疲れた目のまま。
「――百年ぶりに、痛うございます」
彼は、そう言った。
「――痛いのは、悪いことばかりでもございません」
「――なんでですか」
「――数えられますので」




