第94話 両方出す
俺は、答えられなかった。
――両方、開く。
貧乏人が挑める道と、金持ちが巻き上げる道。
――同じ穴だ。
「フィナさん」
「はい」
「どう思いますか」
◇
フィナは、紙束を抱えたまま、少し黙った。
それから、言った。
「――私は、賛成できません」
「え」
「反対です」
彼女は、はっきり言った。
「――この穴は、悪用の方が簡単です」
彼女は、指を折った。
「貧乏人が金持ちに挑むには、勝つ見込みが要ります」
彼女は、言った。
「――勝てないとわかっていて挑む人は、多くありません」
「――逆は」
「――簡単です」
彼女は、あっさり言った。
「『お前の賭け札は俺が出してやる。負けたら働け』」
彼女は、俺を見た。
「――これで、才牌ゼロの人間を、いくらでも縛れます」
◇
俺は、その言葉を、聞いていた。
――第百一条を思い出した。
――二文で書いて、二万七千二百人が家を失いかけた。
「――同じですね」
「――同じです」
彼女は、言った。
「あなたが開けた穴を、他人が通ります」
◇
俺は、しばらく、立会所の床を見ていた。
石の床だ。四千二百十九枚は、ないと思う。
「――アルディスさん」
「なんだ」
「三か月、何をしてましたか」
◇
アルディスは、俯いたまま言った。
「――箱を担いだ」
「何箱ですか」
「四万二千八百六箱だ」
◇
俺は、顔を上げた。
「――数えてたんですね」
「数えていた」
「三か月、全部ですか」
「――全部だ」
俺は、老人を見た。
「――立会人さん」
「なんだ」
「条件を、一つ足せますか」
「ほう」
「――この届出に、条件を書き足したいです」
老人は、ペンを取った。
「――言ってみろ」
俺は、フィナを見た。
フィナが、頷いた。
――彼女が、代わりに言った。
◇
「『受ける者が両者の賭け札を供する場合、勝者は、いかなる財も権利も受け取ってはならない』」
老人の手が、止まった。
「――……もう一度」
「――勝っても、何も取れない、という条項です」
フィナは、言った。
「この穴を、巻き上げには使えなくします」
彼女は、言った。
「両方の賭け札を出した側が勝っても、何も得られません」
「――得がないと」
「――使いません」
彼女は、あっさり言った。
「金持ちは、得のないことをしません。……それだけで、半分塞がります」
◇
老人は、しばらく、そのペンを見ていた。
「――負けた場合は」
「――通常通り、賭け札を失います」
「それでは、割に合わんぞ」
「割に合いません」
フィナは、あっさり言った。
「――この穴は、割に合わない人しか、通れなくなります」
◇
立会所が、静かになった。
老人は、ゆっくりと、ペンを紙に下ろした。
「わしは、四十年、この受付に座っている」
彼は、そう言った。
「規則の穴を突く者は、何人も見た」
彼は、俺を見た。
「――穴を突いたついでに、穴を狭めていく者は、初めてだ」
彼は、書き始めた。
「――受理する」
書き終わって、彼は帳面を回した。
俺と、アルディスに。
『才能決闘 届出』
『申込人 アルディス(才牌〇枚)』
『被申込人 ロイ(才牌一枚・【不撓不屈】)』
『賭け札 被申込人が両者分を供する』
『特記 勝者は、いかなる財も権利も受け取らない』
「――署名しろ」
アルディスが、ペンを取った。
――手が、止まった。
「どうしました」
「――……」
「アルディスさん?」
彼は、そのままの姿勢で、言った。
「なぜ、そこまでする」
俺は、少し考えた。
「――あなた、四万二千八百六箱、数えたんですよね」
「数えた」
「それ、誰も見てないですよね」
アルディスは、答えなかった。
◇
「――俺の四百四十二枚も、誰も見てなかったです。マーサおばさん以外、誰も」
俺は、彼を見た。
「――だから、俺が見ます」
アルディスは、署名した。
――字が、震えていた。
三十七の才能を持っていた男の字が。




