第93話 申し込めない
王都の決闘立会所は、中央広場の東にある。
石造りの、小さな建物だ。
――受付が、一つしかない。
俺とアルディスとフィナで、三人並んだ。
受付の老人は、この前の立会人だった。
「――ああ、あんたか」
彼は、俺を見た。
「――六日間の男だ」
「どうも」
「今日は、何の用だ」
「――才能決闘の、届出です」
「ほう」
彼は、帳面を出した。
「申し込みは、どちらだ」
◇
アルディスが、前に出た。
「――俺だ」
「名を」
「――アルディス」
「――家名は」
◇
アルディスは、少しだけ、間を置いた。
「ない」
老人は、顔を上げなかった。
「――平民だな」
「――そうだ」
「才牌を、拝見する」
◇
アルディスは、動かなかった。
「才牌を」
「――ない」
老人が、初めて顔を上げた。
「――……ない?」
「ない」
「――一枚も、か」
「一枚も」
◇
老人は、帳面を閉じた。
「受理できん」
「――なんでですか」
俺が聞くと、老人は、規則の綴りを出した。
分厚い、革表紙の本だ。
――ページの角が、全部丸くなっていた。
「才能決闘に関する規定、第二条」
彼は、読み上げた。
「『決闘を申し込む者は、賭け札として才牌一枚以上を供さねばならない』」
彼は、顔を上げた。
「才牌がない者は、申し込めん」
「なぜだ」
アルディスが、初めて、声を荒げた。
「――決闘は、才能を賭ける場だからだ」
老人は、あっさり言った。
「賭けるものがない者が申し込めば、負けても何も失わん。それは、決闘ではなく、ただの喧嘩だ」
◇
アルディスは、拳を握った。
――握って、開いた。
三か月前なら、たぶん、殴っていた。
「では、どうすればいい」
「――才牌を、一枚買え」
「――金がない」
「なら、無理だ」
老人は、そう言った。
冷たいわけではなかった。
――ただ、規則を読んでいるだけだった。
フィナが、前に出た。
「一つ、伺います」
「――どうぞ」
「――第二条は、『申し込む者』と書いてありますね」
「書いてある」
「――受ける者については、何と書いてありますか」
◇
老人は、ページをめくった。
「第三条。『決闘を受ける者は、同等の賭け札を供するものとする』」
「同等、ですね」
「同等だ」
フィナは、頷いた。
「では、両方の賭け札を、受ける側が出すことは、禁じられていますか」
◇
老人の手が、止まった。
彼は、しばらく、そのページを見ていた。
それから、前のページに戻った。
――また戻った。
――三回、行ったり来たりした。
「書いておらん」
◇
俺は、前に出た。
「――俺が、両方出します」
「両方」
「はい」
俺は、言った。
「俺の才牌を一枚。……それを、二つに割ることはできないので。負けたら、渡します。勝ったら、何も取りません」
◇
老人は、俺を見た。
「あんた、それでは、勝っても得がないぞ」
「――ないです」
「負けたら、全部失う」
「――失います」
「――なぜやる」
◇
俺は、少し考えた。
「頼まれたからです」
老人は、しばらく、俺を見ていた。
それから、アルディスを見た。
アルディスは、何も言わなかった。
――俯いていた。
「――規則には、書いておらん」
老人は、そう言った。
彼は、帳面を開き直した。
「――書いておらんことは、禁じられておらん」
彼は、ペンを取った。
「だが、一つ条件がある」
「――なんですか」
「これは、前例になる」
彼は、俺を見た。
「今後、才牌ゼロの者が、金持ちに決闘を申し込む道が開く。そして、金持ちが、貧乏人に『両方出してやる』と言って、才牌を巻き上げる道も開く」
◇
俺は、その言葉を、聞いた。
「――両方、開きますか」
「開く」
彼は、あっさり言った。
「――穴というのは、そういうものだ」
彼は、ペンを置いた。
「それでも、やるか」




