第83話 棚卸し三年
「――クロトさん」
フィナが、言った。
「――答えを言います」
◇
砂時計の砂が、あと指二本分だった。
周りの連中が、身を乗り出した。
クロトは、動かなかった。
「どうぞ」
◇
フィナは、五枚のうちの、左から二番目を指した。
銘は、【糸繰り】だった。
――九十九枚のうち、いちばん地味な名前だった。
「――これです」
◇
周りが、ざわめいた。
「【糸繰り】かよ」
「――そりゃないだろ」
「――偽物だから地味なんじゃねえのか」
クロトは、しばらく、その一枚を見ていた。
それから、言った。
「理由を、聞かせてもらおう」
フィナは、頷いた。
「三つあります」
彼女は、指を立てた。
「――一つ目。縁の摩耗です」
彼女は、その一枚を指した。
「才牌は、胸の中にあります。……出し入れするたびに、指が縁に触れます。十年使えば、縁が丸くなります。九十九枚のうち、縁が丸いのは、十二枚でした。残りの八十七枚は、縁が立っています。……倉庫に眠っていた才牌です」
◇
クロトは、答えなかった。
フィナは、続けた。
「――二つ目。あなたは、嘘をつきました」
「ほう」
「二つ目の質問です。『自分で使ったことのある才牌はあるか』。あなたは『ない』と答えました。ですが、十二枚のうち七枚は、摩耗の位置が同じです」
彼女は、言った。
「位置」
「はい」
彼女は、自分の指で、才牌の右下をなぞった。
「人が才牌を胸から出す時、必ず、同じ指が同じ場所に当たります。七枚とも、右下の同じ場所が、同じ角度で丸くなっていました」
◇
彼女は、顔を上げた。
「同じ人が、出し入れした才牌です」
クロトの目が、動いた。
「――……」
「――あなたです。【偽銘】は、銘を書き換える才能です。……書き換えるには、才牌を手に持つ必要がある」
彼女は、続けた。
「七枚は、あなたが何度も書き換え直した札です。売れ残りです」
「――だから、外したのか」
「外しました」
「残り五枚は」
「――五枚は、摩耗の位置が、ばらばらでした。別々の人が使った札です」
彼女は、そう言った。
「……つまり、元の持ち主がいる札です」
「――なら、五枚とも本物ではないのか」
「才牌としては、五枚とも本物です。ですが、あなたが聞いたのは、銘が本物の札です」
◇
クロトが、初めて、椅子から立ち上がった。
「――続けろ」
「三つ目です」
フィナは、五枚を指した。
「【剣聖】。【飛翔】。【糸繰り】。【豪腕】。【千里眼】。四枚は、銘と摩耗が合いません。どういう意味だ。才牌は、使うと、銘の周りが焼けます」
◇
彼女は、【飛翔】の札を指した。
「【飛翔】を十年使った人の才牌なら、銘の周りに、熱の痕が残ります。強い才能ほど、深い。ですが、この四枚は、縁だけ丸くて、銘の周りが新品です。使われていない銘、ということか」
彼女は、言った。
「――そうです」
彼女は、頷いた。
「持ち主は、十年、この才牌を胸に出し入れしました。……ですが、その銘は、一度も使っていません」
彼女は、顔を上げた。
「――あとから書き換えた銘だからです」
彼女は、最後に、【糸繰り】の札を指した。
「――この一枚だけ、銘の周りが、焼けています。浅く、均一に、何十年も」
◇
誰も、何も言わなかった。
クロトが、その一枚を、取った。
――裏返した。
――灯りに、かざした。
砂時計の、最後の砂が落ちた。
「当たりだ」
周りが、爆発した。
誰かが叫んで、誰かが机を叩いた。
――三年ぶりに、九十九枚が解かれた。
クロトは、その札を、赤い布に置いた。
「――お嬢さん」
「はい」
「――三年前、あんたは四十七番を選んだ。あの日と、何が変わった」
◇
フィナは、紙束を抱え直した。
「――三年、棚卸しをしました」
彼女は、そう言った。
「毎日、店の在庫を出して、拭いて、しまいました。三年で、一万四千枚、触りました」
彼女は、言った。
「――一万四千」
「はい」
彼女は、顔を上げた。
「――私、半人前です。でも、棚卸しだけは、三年やりました」




