第78話 才市
地下水路の入口は、東門の橋の下にあった。
鉄格子がある。鍵はかかっていない。
――かかっていないことが、いちばん怖かった。
「――閉めないんですか、ここ」
「――閉めております」
フィナが、あっさり言った。
「――書類の上では」
◇
「ロイさん」
「はい」
「三つ、約束してください」
「――どうぞ」
「――一つ。値段を聞かないでください」
「なんでですか」
「値段を聞くと、買う気があると見なされます」
「二つ。才牌を、出さないでください」
「出しません」
「――胸も、押さえないでください」
「え?」
「押さえると、そこにあると教えることになります」
「――三つ目は」
◇
フィナは、俺を見た。
「私から、離れないでください」
「――離れません」
「――二歩以内です」
彼女は、あっさり言った。
「――三歩だと、間に人が入ります」
◇
鉄格子を、押した。
軋まなかった。
――毎日、誰かが開けている音だった。
中は、思ったより明るかった。
壁に、灯りが並んでいる。
水路の脇に、幅二間ほどの通路があって、そこに店が出ていた。
――机と、布と、灯り。
それだけの店が、五十軒くらい並んでいた。
最初の店の前で、俺は足を止めた。
布の上に、才牌が並んでいた。
――十四枚。
全部、銘が読めた。
『【健脚】』『【計数】』『【夜目】』『【器用】』
◇
店主が、俺を見た。
――そして、何も言わなかった。
声をかけてこない市を、俺は初めて見た。
「――普通ですね」
「――普通です」
フィナが、小声で言った。
「ここは、まだ入口です」
「――普通のを、売ってるだけですよね」
「――出所が、普通ではありません」
◇
奥に進むと、壁に、大きな板が掛かっていた。
文字が、書いてある。
――相場表だった。
『本日相場』
『【怪力】 金貨八十』
『【健脚】 金貨六十』
『【看破】 金貨三百』
『【加速】 金貨二百二十』
『【治癒】 金貨九百』
『【延命】 ――応相談』
俺は、その板を、上から順に読んだ。
――【怪力】が、金貨八十枚。
婆ちゃんの孫娘の、一回分と同じだ。
――【治癒】が、九百枚。
予選の賞金から、八割を持っていった人たちの才能だ。
そして、一番下。
――応相談。
「フィナさん」
「はい」
「――応相談って、なんですか」
「――買えない、という意味です」
彼女は、その板を見上げた。
「値段を書かないのは、二つの場合です。一つ。売り手が、値段を決められないほど高い場合。もう一つは。そもそも、在庫がない場合です」
◇
俺は、【延命】の行を、しばらく見ていた。
――婆ちゃんの孫娘。
――月に一回、金貨八十枚。
――王都に十一人、全員が貴族の抱え。
「フィナさん」
「はい」
「【延命】って、なんで貴族しか持ってないんですか」
◇
フィナは、その板を見たまま、言った。
「――知りません」
「――鑑定士なのに」
「鑑定士だから、知りません。鑑定士は、目の前の一枚しか見ません」
◇
彼女は、そこで、少し声を落とした。
「――ですが、変です」
「何がですか」
「――才能は、神々が配ります。授才の儀で、十五歳に。……配る相手を選ぶ話は、教義のどこにもありません」
彼女は、板を見上げた。
「――なのに、【延命】は、二百年、貴族にしか出ていません」
「偶然ですか」
「――二百年続く偶然は、偶然ではありません」
◇
俺たちは、奥へ進んだ。
通路が、狭くなった。
店の数が減って、代わりに、机が大きくなった。
――布が、黒くなった。
いちばん奥の店は、机が三つ並んでいた。
布は、赤かった。
灯りが、六つ。
――才牌が、百枚近く並んでいた。
そして、その後ろに、男が座っていた。
年は、わからなかった。
頭に布を巻いて、顔の下半分を覆っている。
――目だけが、出ていた。
男は、俺たちを見た。
正確には、フィナを見た。
――俺のことは、見なかった。
見る必要が、なかったらしい。
◇
「ああ」
彼は、言った。
「――三年ぶりだね、お嬢さん」




