第77話 賭け札がない
「――保留させてください」
俺は、そう言った。
ヴァインは、頷いた。
「――もちろんでございます」
彼は、届出用紙の、俺の欄を空けたまま置いた。
「空欄のうちが、いちばん価値がございます」
俺は、その用紙を、見ていた。
――白い欄が、一つ。
「――いつまでですか」
「――期限は、ございません」
彼は、あっさり言った。
「――ですが、十四日で、街が片付きます」
◇
組合を出た。
外の光が、やけに明るかった。
――さっきまで、窓のない部屋にいた。
階段を三段下りたところで、フィナが言った。
「ロイさん」
「はい」
「あなた、才牌一枚です」
「――知ってます」
「賭けたら、負けた時に、ゼロです」
「――そうですね」
「――ゼロになると、どうなりますか」
「才能なしになります」
「――それだけではありません」
彼女は、立ち止まった。
「優勝者の権利は、優勝者本人のものです。ですが、才牌ゼロの者が、規則を書けるかどうか、前例がありません」
◇
俺は、その意味を、飲み込んだ。
「書けなくなるかもしれないんですね」
「かもしれません」
彼女は、あっさり言った。
「――そして、あの人は、それを確かめたがっています」
「――確かめる?」
「はい」
彼女は、言った。
「【査定】を持つ人間は、値段のわからないものが、いちばん嫌いです。『才牌ゼロの優勝者』には、まだ値段がついていません」
◇
俺は、通りを歩きながら考えた。
「フィナさん」
「はい」
「賭け札、【不撓不屈】以外にないですかね」
「――あります」
「え」
◇
彼女は、あっさり言った。
「才牌は、買えます」
俺は、足を止めた。
「買えるんですか」
「――買えます」
彼女は、言った。
「――あなたが、譲渡できることを証明しましたので」
「――……また俺ですか」
「また、あなたです」
彼女は、あっさり言った。
「ですが、今回は、それが助けになります」
「どこで買えるんですか」
◇
フィナは、そこで、初めて、少し言いにくそうにした。
「ロイさん」
「はい」
「王都には、才牌の店が、二種類あります」
「――二種類」
「表と、裏です」
「表は」
「――貴族の斡旋所です。才牌一枚、最低でも金貨五百枚」
「――高いですね」
「高いです。……そして、平民には売りません」
「――じゃあ、裏は」
◇
彼女は、少し黙った。
「――才市、と呼ばれています」
「さいいち」
「はい」
彼女は、言った。
「王都の地下水路に、市が立ちます」
彼女は、言った。
「――月に、三度です」
「――地下水路って、入れるんですか」
「――入れます」
彼女は、あっさり言った。
「――誰も、止めませんので」
「――才牌の売買、貸出、それと」
彼女は、そこで、言葉を選んだ。
「――偽造です」
「偽物があるんですか」
「――あります」
「才牌って、偽造できるんですか」
「――できません」
彼女は、そう言った。
「才牌そのものは、神々が配ったものです。……人間には作れません。ですが、銘は、書き換えられます」
彼女は、言った。
◇
「――銘」
「はい」
「名前だけ、変えるんですか」
「――そうです」
彼女は、言った。
「【皿洗い】の才牌の銘を【剣聖】に書き換えて、金貨三百枚で売る。……そういう商売です」
「――買った人、気づかないんですか」
「気づいた時には、売った人間がいません」
◇
俺は、その話を聞きながら歩いた。
「フィナさん」
「はい」
「鑑定士って、そういうの見抜く仕事ですよね」
「――そうです」
「――行ったこと、あるんですか」
◇
フィナは、しばらく答えなかった。
それから、言った。
「三年前に、一度」
「何しに行ったんですか」
「在庫の確認です。うちの店は、零細です。……ですので、才市に流れた才牌を、鑑定して買い戻す仕事も請けます」
彼女は、そこで、顔をしかめた。
「――師匠に、一人で行かされました」
「――一人でですか」
「一人でです」
「危なくないですか」
「――危なかったです」
彼女は、あっさり言った。
「――九十九枚並べられて、本物を当てろと言われました」
◇
俺は、足を止めた。
「当たったんですか」
フィナは、前を向いたまま歩いていた。
――少しの間、答えなかった。
それから、言った。
「外しました」
「――何枚目を、選んだんですか」
「――八十四枚目です」
彼女は、あっさり言った。
「本物は、九十九枚目でした」




