第74話 査定額
七日目の朝、また封蝋の手紙が来た。
今度は、厚かった。
中身は、手紙ではなかった。
――書類だった。
『才牌査定書』
『依頼者 王都金貸し組合』
『対象 ロイ様所持 才牌一枚』
『銘 【不撓不屈】』
『分類 概念級』
『査定額 金貨 十二万枚』
俺は、その数字を、三回数えた。
――一、十、百、千、万。
「フィナさん」
「はい」
「ゼロが、多くないですか」
「多いです」
◇
フィナは、その書類を、両手で持っていた。
手が、少し震えていた。
「――ロイさん。金貨十二万枚は」
「はい」
「下町の負債の、総額の四倍です」
◇
俺は、その意味を、飲み込んだ。
下町の三千二百人分の借金が、金貨三万枚。
――この一枚で、四回払える。
「売れるんですか、これ」
「――売れます」
「――誰が買うんですか」
「貴族十七家です」
◇
彼女は、書類の裏を見せた。
小さく、一行だけ書いてあった。
『買取のご意向がございましたら、いつでもご相談ください。三日以内に現金でご用意いたします』
俺は、その一行を見た。
――丁寧な字だった。
「フィナさん」
「はい」
「――売ったら、全部解決しますね」
◇
フィナは、書類を置いた。
「ロイさん」
「はい」
「三つ、伺います」
「――どうぞ」
「一つ目。売ったら、あなたは何が残りますか」
「何も残らないです」
「――二つ目。二万九千四百人のうち、下町は何人ですか」
「三千二百人です」
「――三つ目」
彼女は、俺を見た。
「――残りの二万六千二百人は、どうなりますか」
◇
俺は、答えられなかった。
――金貨十二万枚は、下町を四回救える。
――王都全部を救うには、足りない。
「足りないですね」
「――足りません」
彼女は、そう言った。
「――そして、あの人は、それを知っています」
「――知ってて、送ってきたんですか」
「――送ってきました」
彼女は、書類を指でなぞった。
「これは、買取の申し出ではありません」
「じゃあ、なんですか」
「値札です」
彼女は、言った。
「あなたに、こう思わせるためです。『自分の才牌には、十二万枚の値段がついている』」
彼女は、俺を見た。
「値段のついたものは、いつか売られます」
◇
俺は、その紙を、しばらく見ていた。
「フィナさん」
「はい」
「三つ目の才能ですよね、これ」
「――【査定】です」
彼女は、頷いた。
「見たものの、価値を数字にする才能です」
「便利ですね」
「便利です」
彼女は、言った。
「――そして、いちばん、たちが悪いです」
「――なんでですか」
「値段は、嘘ではないからです」
◇
彼女は、書類を裏返した。
「【契約】は、破れば動けなくなる。……はっきりした暴力です。【代償転嫁】は、損を移す。……これも、はっきりした加害です」
彼女は、そこで、指を止めた。
「――ですが、【査定】は、何もしません」
「何もしない?」
「――ただ、数字を出すだけです。あとは、言われた人間が、勝手に迷います」
◇
俺は、その紙を、卓に置いた。
――迷っていた。
三十秒くらい、本気で迷った。
――売れば、下町は残る。
◇
「フィナさん」
「はい」
「――俺、今、迷いました」
「――でしょうね」
「三十秒くらい」
「――私は、四時間迷いました」
◇
彼女は、あっさり言った。
「――昨日の夜、この査定額を、私は自分で計算していました」
彼女は、書類を見た。
「【看破】で見れば、およその市場価値は出ます。……十一万八千枚でした」
「――近いですね」
「近いです」
彼女は、言った。
「――ですので、この書類が来た時、私は驚きませんでした」
彼女は、顔を上げた。
「――驚かなかった自分に、驚きました」
◇
俺は、その紙を、二つに折った。
それから、四つに折った。
「売らないです」
「はい」
「――売ったら、九万九千九百九十九段、意味なくなります」




