第71話 嘘が一つもない
組合を出て、三本目の角を曲がったところで、フィナが立ち止まった。
「ロイさん」
「はい」
「――少し、怒っています」
「――俺にですか」
「自分にです」
◇
彼女は、紙束を胸に抱えた。
「――あの人、嘘を一つもつきませんでした」
「――そうですね」
「それが、いちばん怖いんです」
◇
彼女は、歩き出した。
早足だった。
「嘘をつく人間は、嘘のところを崩せば倒れます。本当のことしか言わない人間は、崩すところがありません。全部、本当ですかね。確認します。貴族十七家。預かり金百四十万枚。三家が引き上げを申し出た。……全部、裏が取れる話です」
彼女は、そこで、少し声を落とした。
「裏が取れる話しか、しませんでした」
◇
俺は、その言葉を、考えながら歩いた。
「フィナさん」
「はい」
「一つ、変だと思ったことがあります」
「――どうぞ」
「――なんで、組合長が、直接会うんですかね」
◇
フィナの足が、止まった。
「――……」
「俺、四階に行きました。あの人、二万九千四百人を担当してます。……その一人ずつに、自分で会ってたら、体が持たないですよね。会っていません」
フィナは、言った。
「窓口は一階です。取り立ては、外回りの人間です」
「――ですよね」
「――なのに、あなたには会いました」
◇
彼女は、そこで、紙束を開いた。
――歩きながら、めくり始めた。
「危ないですよ、それ」
「――大丈夫です」
彼女は、めくり続けた。
「――ロイさん。あの人が欲しいのは、条文だけでしょうか」
「他に何かありますか」
「――あります」
彼女は、顔を上げた。
「あなたです」
◇
俺は、自分を指した。
「俺?」
「はい」
「――俺、金貨持ってないですよ。三枚です」
「才牌を、一枚お持ちです」
俺は、胸元に触れた。
【不撓不屈】。
「――これ、売れるんですか」
「――売れます」
彼女は、あっさり言った。
「才牌は、譲渡できます。……あなたが第44話で、そう証明しました」
◇
俺は、足を止めた。
「――あ」
「気づきましたか」
「俺が、証明しました」
「しました」
フィナは、紙束を閉じた。
「才牌の譲渡を禁じる条文はない。……あなたが、それを百年ぶりに使いました」
彼女は、俺を見た。
「――使えるということは、買えるということです」
俺は、その道の真ん中で、しばらく立っていた。
「フィナさん」
「はい」
「――俺、また、穴を開けましたね」
「――開けました」
彼女は、あっさり言った。
「ですが」
「――ですが?」
「穴を開けなければ、四万一千二百枚は戻りませんでした。穴は、開けるものです。問題は、開けたあとに誰が通るかです」
◇
俺たちは、下町に戻った。
夕方だった。
通りは、いつもより静かだった。
――荷車が、三台出ていた。
どれも、組合の記章がついていた。
「――十四日ですよね」
「十四日です」
「――今日で、六日目です」
「五日目です」
彼女は、訂正した。
「――施行が三日前の夜。……正確には、あと九日と、十四時間です」
「数えてるんですか」
「数えています。時間で数えると、焦ります。焦った方が、頭が回ります」
◇
俺は、その通りを見ていた。
荷車。閉まった店。胸を押さえて歩く人。
――才牌が戻った人と、店を失った人が、同じ人だ。
「フィナさん」
「はい」
「俺、撤回しないです」
フィナが、こっちを見た。
「理由を、伺っても」
「マーサおばさんが、怒ります。あの人、『あんたが返してくれたんだから、あたしが払う番だろ』って言いました」
俺は、通りを見た。
「――撤回したら、その言葉が、なかったことになります」
◇
フィナは、しばらく黙っていた。
それから、紙束を抱え直した。
「では」
彼女は、言った。
「――九日で、別の手を作りましょう」




