第7話 半人前の鑑定士
書類の雪崩を二人がかりで片付け終わると、彼女は改めて咳払いをして、カウンターの向こうに立った。
「し、失礼しました。オルセン鑑定所、見習い鑑定士のフィナです。本日のご用件は」
「決闘の届け出に、才牌の公式鑑定書が要ると言われまして」
「ですよね! そうですよね! それしかないですよね!」
フィナと名乗った彼女は、頭を抱えた。
「あのですね、正直に言います。王族との公式決闘の鑑定書なんて、本来、所長が魂を込めて書くやつなんです。でも所長は王宮に呼ばれてて、あと八日は戻りません。つまり」
「つまり?」
「私が書くしかないんです。見習いの、私が。王族関連文書を。手が震えてきた……」
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないですけど、やります。お客さんはあなた一人なので」
悲しい理由だった。でも「やります」と言い切ったのは、ちょっといいなと思った。
フィナは奥から真鍮の台座を持ってきて、カウンターに置いた。
「才牌を、ここに。私の才能は【看破】――物の性質や仕組みを視る才能です。……先に言っておきますけど、出力は弱いです。師匠が『大瀑布』なら私は『雨漏り』って言われてます」
「誰にです?」
「師匠にです」
「ひどい」
「でしょう!?」
彼女は勢いよく同意してから、はっと口を押さえた。
「……すみません。愚痴が出ました。仕事します」
俺は腰から才牌を外して、台座に載せた。
黒く塗り潰された五文字。【■■■■■】。
フィナは眼鏡の位置を直し、両手を台座にかざした。指先に、薄い水色の光が灯る。なるほど、これが才能の光か。俺は自分のを一度も見たことがないから、他人のでもちょっと見入ってしまう。
「文字化けの鑑定は、実は型が決まってるんです。『銘、判読不能。発動、確認できず。等級、規格外(下)』。全国どこの鑑定所でも同じ文面です。だから、すぐ終わりま――」
フィナの声が、途切れた。
「……ん?」
眼鏡の奥の目が、すっと細くなった。
「…………んん?」
「あの、どうかしました?」
「静かに。お願い」
さっきまでのあわあわした彼女と、別人だった。
指先の水色の光が強くなる。弱くなる。また強くなる。フィナは角度を変え、台座ごと才牌を回し、しまいには自分がカウンターに身を乗り出して、鼻先が付きそうな距離で俺の才牌を睨んだ。
長い沈黙だった。
窓の外を、荷馬車が二台通り過ぎた。
「……ロイさん、でしたよね」
「はい」
「変なこと聞きますけど。この才牌、今までの鑑定で、何て言われてきました?」
「『壊れてる』です。授才の儀の神官様にも、去年の巡回鑑定でも。神様が名前を書き損じたか、書く途中でやめたか。どっちにしても壊れ物だ、って」
「……そう。壊れてる。みんな、そう言った」
フィナはゆっくり体を起こした。
眼鏡を外す。彼女の素の目は、興奮と、戸惑いと、あとほんの少しの怯えが混ざった色をしていた。
「私の【看破】は雨漏りです。視えたものが正しい保証はない。師匠なら鼻で笑うかもしれない。それでも、言いますけど」
彼女は俺の才牌を指さして、はっきり言った。
「――これ、壊れてない」
「……え?」
「壊れた文字っていうのはね、欠けてるんです。線が足りない、形が崩れてる、そもそも刻まれてない。そういう『不足』なんです。でも、あなたのこれは違う。視れば視るほど、下に……ある。ちゃんとある。五文字、全部」
心臓が、変な鳴り方をした。
「ある、って……何がですか」
「名前です」
フィナは息を吸って、言った。
「あなたの才能の名前は、壊れてるんじゃない。――上から、塗り潰されてるんです」




