第6話 仕様には穴がある
王都で才牌の公式鑑定をやっている店は、いくつかある。
でも、下町の人間が門前払いされずに入れるのは、実質一軒だけだ。東三番街の「オルセン鑑定所」。看板の塗装が半分剥げていて、「オルセ 鑑定所」になっている、あの店である。
行ってみると、扉に木札が下がっていた。
『本日臨時休業。所長は王宮よりの御用命につき不在』
「……王宮の御用命」
考えるまでもない。決闘の相手方――王子様の才牌三十七枚の公式鑑定だ。あっちが先に届け出の準備を進めているってことだった。三十七枚も鑑定するんだから、そりゃ所長が呼ばれる。
扉の隙間から、中で誰かがばたばた動き回っている気配はしたけど、叩いても出てこなかった。仕方ない。
「もう一回、明日来よう」
◇
その晩、店じまいを済ませたガルド爺が、珍しく俺を奥の卓に呼んだ。
卓の上には、古びた木彫りの盤と、白黒の石。下町の年寄りがやる挟み石って遊びだ。
「座れ。一局付き合え」
「俺、これ弱いですよ」
「知ってる。お前は何でも弱い」
ぐうの音も出ない。石を並べながら、爺さんは言った。
「坊主。才能ってのは、何だと思う」
「……神様がくれる、力?」
「五十点だ。いいか、よく聞け」
爺さんは、白い石を一つ、盤の真ん中に置いた。
「才能ってのはな、坊主。――仕様だ」
「しよう?」
「決まり事、って意味だ。『この牌を持つ者は、剣を振れば当たる』『火を呼べば燃える』。神様が書いた決まり事が、才牌って石っころに刻んである。それだけのもんだ」
爺さんは黒い石で、白をぱちんと挟んだ。
「で、だ。決まり事ってのはな、書いた瞬間に必ず『書いてないこと』が生まれる。剣を振れば当たる? なら、剣を振れない狭い場所ではどうなる。火を呼べば燃える? なら、燃やすものがない場所では何が燃える。――決まり事の外側。仕様の、穴だ」
「……仕様には、穴がある」
「そうだ。三十七の才能ってのは、三十七の決まり事だ。つまり穴も三十七ある。それどころか、決まり事同士がぶつかり合う分だけ、穴は増える」
俺は盤面を見た。俺の白石は、もうほとんど残っていない。
「……でも爺さん。穴があったって、俺には突く力がないですよ。剣も飛ぶし」
「アホか。逆だ」
爺さんは俺の最後の白石を、ぱちんと挟んだ。
「才能持ちはな、生まれてこの方、決まり事に守られて生きてる。だから決まり事の外側に出たことがねえ。出方も知らねえ。――お前はどうだ、坊主。お前は十五年、どこで生きてきた」
あ、と思った。
俺は生まれてからずっと、決まり事の外側にいる。才能の補正が一度も効かない場所で、飯を食い、仕事をもらい、殴られたら転んで、立って、生き延びてきた。
「外側は、お前の庭だ。三十七回世界にひいきされてきた坊ちゃんは、庭の歩き方ひとつ知らねえ」
「……爺さん」
「なんだ」
「なんか今、初めて勝てる気がしてきました」
「調子に乗るな。九割九分、お前は負ける」
爺さんは石を片付けながら、ぴしゃりと言った。
「だがな。残りの一分ってのは、いつだって『穴を見つけた奴』のもんだ。明日、鑑定所に行ったらな、坊主。判をもらうだけで帰ってくるなよ」
「?」
「鑑定士ってのは、才能の仕様を読むのが商売だ。……使いようによっちゃ、王都で一番、穴の在り処に近い商売でもある」
◇
翌朝。オルセン鑑定所の扉の木札は、裏返っていた。
『営業中(ただし所長不在。見習い対応につき、大事なご用の方はまた後日)』
正直すぎる木札だった。
扉を開けると、からん、と鈴が鳴って――
「いらっしゃいませ! 本日、鑑定額は半額です! なぜなら私しかいないからです!」
カウンターの向こうで、書類の山に埋もれかけた女の子が、勢いよく立ち上がった。
歳は俺と同じくらい。大きすぎる鑑定士のローブ。栗色の髪に、丸い鑑定眼鏡。その眼鏡越しの目が、俺の顔を見て、それから俺の腰の才牌に落ちて――
「……あ」
止まった。
「あなた、もしかして……『王子様と決闘する文字化け』の?」
「あ、はい。有名みたいで、すみません」
「ほんとに来たーーー!?」
彼女は書類の山を、盛大に、雪崩れさせた。




