第69話 組合長ヴァイン
金貸し組合の本部は、思ったより、静かだった。
列は、裏の窓口だ。表の扉には、誰もいない。
――床が、光っていた。
俺は、靴の裏を見た。下町の泥がついていた。
◇
「――お待ちしておりました」
受付の女が、立ち上がった。
「ロイ様と、フィナ・オルセン様ですね」
「はい」
「四階へどうぞ。階段は、そちらです」
彼女は、微笑んだ。
――俺の靴のことは、何も言わなかった。
四階の廊下は、絨毯だった。
足音がしない。
――白装束を思い出した。
突き当たりの扉が、開いていた。
「――どうぞ」
声がした。
部屋は、広くなかった。
執務机が一つ、椅子が三つ、本棚が二つ。
――四階の組合長の部屋にしては、狭かった。
男が、立ち上がった。
四十代。中背。髪をきちんと分けている。
服は、いいものだった。ただ、派手ではなかった。
「――ヴァインと申します」
彼は、深く頭を下げた。
「本日は、ありがとうございます」
「ロイです」
「存じております」
彼は、椅子を勧めた。
「どうぞ、おかけください。……あ、そちらの椅子は脚が短いので、こちらを」
彼は、自分の椅子を、俺の側に回した。
そして、脚の短い方に、自分が座った。
俺は、座った。
「お茶を淹れます」
「結構です」
「――そう仰らずに」
彼は、自分で湯を沸かした。
――誰も呼ばなかった。
四階の組合長が、自分で湯を沸かしていた。
「――ロイ様」
「はい」
「――才牌を、拝見してもよろしいですか」
◇
フィナが、俺より先に動いた。
「――お断りします」
彼女は、そう言った。
「才牌の提示は、義務ではありません」
◇
ヴァインは、湯を注ぎながら、頷いた。
「――仰る通りです」
彼は、あっさり引いた。
「――失礼いたしました。職業病でして」
彼は、湯呑を二つ、卓に置いた。
「わたくしは、四十年、人の胸ばかり見て生きております」
◇
俺は、その湯呑を見た。
――安いやつだった。
マーサおばさんの食堂と、同じくらいの湯呑。
「――ヴァインさん」
「はい」
「――一つ、聞いていいですか」
「なんなりと」
「あなた、才牌は何枚ですか」
◇
ヴァインは、少しだけ、笑った。
嫌な笑い方ではなかった。
「三枚です」
彼は、あっさり言った。
「――少ないですね」
「――少のうございます」
彼は、湯呑を持った。
「わたくしは、平民の生まれです。十五で三枚。……それ以来、一枚も増えておりません」
「――増やさなかったんですか」
「増やせませんでした。才能決闘は、負けると減ります。……わたくしは、賭け事が苦手でして」
彼は、少し笑った。
「――貸す側の人間ですので」
◇
俺は、その言葉を、聞いていた。
「――ヴァインさん」
「はい」
「――銘は、なんですか」
◇
部屋が、少しだけ、静かになった。
ヴァインは、湯呑を置いた。
「お答えする義務は、ございません」
「――知ってます」
「――ですが、お答えします」
◇
彼は、指を三本立てた。
「【契約】。【代償転嫁】。【査定】」
フィナの手が、紙束の上で止まった。
俺には、その三つの意味が、まだわからなかった。
――ただ、フィナの手が止まったので、まずいのだとわかった。
◇
「――なぜ、答えるんですか」
フィナが、聞いた。
ヴァインは、彼女を見た。
「鑑定士のお嬢様。あなたは【看破】をお持ちですね」
「はい」
「――ならば、隠しても三分で読まれます」
彼は、頭を下げた。
「――三分を節約いたしました」
◇
俺は、その男を見た。
――物腰が、柔らかい。
声を荒げない。自分で湯を沸かす。安い湯呑を使う。
――そして、四十年、人の胸を見て生きてきた。
「ロイ様」
彼は、言った。
「本題に入っても、よろしいですか」
「――どうぞ」
◇
ヴァインは、机の引き出しを開けた。
紙を、一枚出した。
――白紙だった。
「これに」
彼は、その紙を、俺の前に置いた。
「――条文を、一つ、書いていただきたいのです」




