第68話 丁寧な手紙
五日目の朝、手紙が来た。
孤児院の玄関に、差してあった。
――扉の隙間に、半分だけ。
見つけたのは、ピノだった。
「――ロイ兄、これ」
「どうした」
「――なんか、赤いのがついてる」
◇
俺は、それを受け取った。
封蝋が、押してあった。
赤い、丸い蝋だ。
――真ん中に、天秤の紋が入っている。
俺は、封蝋のついた手紙を、生まれて初めて見た。
――重かった。
紙一枚のはずなのに、重かった。
「それ、なんですか」
ピノが、覗き込んできた。
「――手紙だ」
「手紙って、こんなに赤いの?」
「――知らん」
◇
フィナが、廊下の向こうから来た。
紙束を、抱えている。
――昨日より、厚くなっていた。
「――高そうですね、これ」
「高いです」
彼女は、封蝋を見た。
「――この蝋、一つで銅貨十枚します」
「――手紙より高くないですか」
「高いです」
彼女は、あっさり言った。
「――そういうものです」
「なんで、そんな高いものを使うんですか」
「――高いと、伝えるためです」
◇
開けた。
蝋が、割れた。
――ぱき、と音がした。
中の紙も、いいものだった。
俺が今まで触った紙で、いちばん厚かった。
――光に透かしても、繊維が見えなかった。
字は、印刷じゃなかった。
――手書きだった。
しかも、丁寧だった。
――一文字も、崩していない。
『ロイ様
突然のご無礼を、お許しください。
わたくしは王都金貸し組合にて組合長を務めております、ヴァインと申します。
このたびの会戦でのご優勝、心よりお慶び申し上げます。
才牌一枚での優勝は、記録の残る限り前例がないと伺いました。
わたくしのような、才牌の少ない者にとって、たいへん励みになるお話でございます。
さて。
ご存じの通り、第百一条の施行により、王都は少々の混乱を来しております。
これは、あなた様の過失ではございません。
二百年前に書かれた古い規約が、時代に合わなかった。それだけのことでございます。
つきましては、この穴を塞ぐ方法を、ご一緒に考えさせていただけませんでしょうか。
わたくしどもは、二万九千四百人のお客様と、その全員のお名前を存じております。
あなた様は、規則を書く権利をお持ちです。
この二つが揃えば、十四日で片が付くものと存じます。
ご都合のよろしい日に、本部までお運びくださいませ。
いつでも、お待ちしております。
王都金貸し組合 組合長 ヴァイン』
俺は、それを二回読んだ。
――二回とも、いい話に思えた。
ピノが、横から覗いていた。
「――読めるか」
「読めない」
「――俺も、半分くらいだ」
◇
「フィナさん」
「はい」
「いい人ですかね」
「――いいえ」
彼女は、即答した。
「――即答ですね」
「即答です」
「――まだ、読んでないですよね」
「読みました」
彼女は、あっさり言った。
「――あなたの肩越しに」
◇
彼女は、手紙を受け取った。
紙を、光に透かした。
――窓の方に、向けて。
「ロイさん。この手紙、何回読みました」
「――二回です」
「何が書いてありました」
◇
俺は、思い出そうとした。
「――お祝いと、混乱と、一緒に考えましょう、です」
「あと一つ、あります」
「――なんですか」
「――もう一度、読んでください」
俺は、もう一度読んだ。
――三回目だ。
「――わからないです」
「四行目です」
◇
フィナは、四行目を指した。
『これは、あなた様の過失ではございません』
「過失じゃない、って書いてありますね」
「はい」
「――親切じゃないですか」
「誰も、過失だとは言っていません」
◇
俺は、その紙を、もう一度見た。
――四行目を、指でなぞった。
「――……あ」
「気づきましたか」
「言ってないですね」
「――言っていません」
彼女は、紙を置いた。
「――これは、『あなたのせいだ』と、一度も言わずに言う書き方です」
「そんな書き方があるんですか」
「――あります」
彼女は、言った。
「鑑定書でも、よく使います。『この才牌に偽装の痕跡はございません』と書くと、読んだ人は偽装を疑います」
「――疑いますね」
「疑います」
彼女は、俺を見た。
「――書かれていないことを、読ませる技術です」
◇
俺は、その手紙を、もう一度見た。
――さっきまで、親切な手紙だった。
同じ紙が、同じ字で、違うものになっていた。
――一文字も、変わっていないのに。
「フィナさん」
「はい」
「――怖いですね、これ」
「怖いです」
◇
俺は、その手紙を、卓に置いた。
「――行った方がいいですか」
「――行くべきです」
彼女は、即答した。
「さっき、いい人じゃないって」
「――いい人ではありません。ですが」
彼女は、紙束を抱え直した。
「――あの人は、二万九千四百人の名前を持っています」
「こっちは」
「こちらは、条文を書く権利です」
彼女は、言った。
「名前と、規則。片方ずつしか、持っていません」
「――向こうも、片方ですか」
「片方です」
彼女は、あっさり言った。
「――ですから、呼ばれました」
◇
俺は、頷いた。
「行きます」
「一つだけ、お願いがあります」
「――なんですか」
◇
フィナは、俺の目を見た。
――紙束を、下ろした。
「その場で、返事をしないでください」
「――なんでですか」
「あの人の才能を、まだ知らないからです」
彼女は、言った。
「組合の公開資料には、才牌三枚とだけあります」
「――銘は」
「書いてありません」
「――隠してるんですか」
「――開示義務が、ないんです」
彼女は、あっさり言った。
「――隠していないことにして、隠せます」
◇
俺は、その手紙を、懐に入れた。
紙が、硬かった。
――折り目の、つかない紙だった。
「フィナさん」
「はい」
「――才牌三枚って、少ないですよね」
「――少ないです」
「俺、一枚です」
「一枚です」
「――じゃあ、三枚は多いですね」
「――多くはありません」
彼女は、あっさり言った。
「――王都の商会長で、七枚から十枚です」
◇
俺は、立ち上がった。
台所で、院長先生が、鍋を洗っていた。
――音が、止まっていた。
聞いていたらしい。
「先生」
「――なんだい」
「――出かけてきます」
「――夕飯までに、お帰り」
彼女は、そう言った。
――それだけだった。
◇
俺は、玄関で、靴を履いた。
ピノが、ついてきた。
「――俺も行く」
「だめだ」
「なんで」
「――金貸しのところだ」
彼は、その言葉に、黙った。
――そして、袖を、離した。
◇
「フィナさん」
「はい」
「なんで、三枚で組合長になれるんですかね」
フィナは、しばらく黙っていた。
紙束を、抱え直した。
それから、言った。
「――そこが、いちばん怖いところです」




