第57話 第一席
闘技場が、ざわめいた。
九十人が、一斉に声を上げた。
「――使者が、第一席だと!?」
「――そんな話は聞いてないぞ!」
「――規則違反だ!」
白装束は、それを、静かに聞いていた。
そして、言った。
「――規則には、進行役が候補者であってはならない、とは書かれておりません」
◇
「――穴か」
誰かが、呟いた。
「――百年、誰も突かなかった穴だ」
白装束は、頷いた。
「――そして、百年、誰も勝てませんでした」
◇
俺は、剣を握ったまま、立っていた。
「――あの」
「はい、七十席」
「――あなた、才牌は」
「――ございません」
◇
「――え?」
「才牌は、持っておりません」
彼は、あっさり言った。
「――一枚も」
俺は、フィナを見た。
彼女は、【看破】を使っていた。目を見開いて、白装束を見ていた。
「――ロイさん!」
彼女が、叫んだ。
「――本当です! 才牌が、ありません!」
◇
「――じゃあ、なんで第一席なんですか」
「――才能を、持っていないからです」
白装束は、言った。
「――百年前、わたくしは、この会戦の優勝者でした」
闘技場が、静まり返った。
「――優勝賞品は、神々の才牌です」
彼は、言った。
「――それを、受け取りました」
◇
「――何だったんですか」
俺は、聞いた。
九十人が、息を呑む音がした。
――百年、誰も知らなかった答えだ。
白装束は、しばらく、黙っていた。
それから、言った。
「――才能を、なくす才牌でした」
◇
「――なくす?」
「はい」
彼は、頷いた。
「わたくしは、優勝しました。九十九人の才牌を集めて、二百三十一枚になりました」
彼は、言った。
「――そして、神々の才牌を使いました」
彼は、両手を広げた。
「――二百三十一枚、全部、消えました」
◇
闘技場が、静かだった。
「――なんで、そんなものが」
「――優勝賞品だからです」
「――嫌がらせじゃないですか!」
「――はい」
白装束は、あっさり認めた。
「――わたくしも、そう思いました」
◇
「――百年、考えました」
彼は、言った。
「なぜ、優勝者に、才能をなくす才牌を与えるのか」
彼は、俺を見た。
「――答えは、出ておりません」
彼は、続けた。
「ですので、百年、進行役をしております。……次の優勝者が、答えを出すかもしれませんので」
◇
俺は、その言葉を、飲み込んでいた。
「――待ってください」
「はい」
「――あなた、才牌ゼロですよね」
「はい」
「――俺、一枚あります」
「はい」
「――なら、俺の方が」
◇
「――強い、と?」
白装束は、そう言った。
そして、その場で、片手を上げた。
――何も、起きなかった。
光も、風も、音もなかった。
――ただ。
俺の膝が、勝手に折れた。
◇
「――え」
俺は、闘技場の岩に、両膝をついていた。
立とうとした。
――立てなかった。
「――ロイさん!?」
フィナの声が、遠かった。
「――なんですか、これ」
「――才能ではありません」
白装束は、言った。
「――百年分の、経験です」
◇
「――経験」
「はい」
彼は、俺の前に歩いてきた。
「百年、この島で、千人近い候補者を見てまいりました」
彼は、言った。
「その全員の、動きと、癖と、崩れ方を、覚えております」
彼は、俺を見下ろした。
「――七十席。あなたは、右足に体重を乗せる癖があります」
◇
「――え」
「立ち上がる時、必ず右です。……三か月、右足で立つ練習をされましたね」
彼は、言った。
「ですので、右足の甲に、砂を一粒、置きました」
俺は、自分の右足を見た。
――砂粒が、一つ。
「それだけで、体重が、〇・三度ずれます」
彼は、言った。
「――〇・三度ずれると、人は立てません」
◇
俺は、その砂粒を、払った。
立った。
――二秒七。
「――ほう」
白装束の布が、少しだけ、動いた。
「――早いですね」
「三か月やったので」
「――ですが、もう一度」
彼は、片手を上げた。
――また、膝が折れた。
◇
俺は、立った。
――折れた。
立った。
――折れた。
十回、繰り返した。
二十回。
三十回。
◇
三十一回目に、俺は、気づいた。
「――あなた」
俺は、膝をついたまま、言った。
「――一度も、殴ってないですよね」
白装束の動きが、止まった。
「――はい」
「――なんでですか」
「――才能が、ございませんので」
彼は、言った。
「殴る力は、常人と同じです。……あなたを殴っても、倒れません」
◇
俺は、笑った。
膝をついたまま。
「――じゃあ、勝てないじゃないですか、あなた」
俺は、言った。
「――俺を倒せないんですよね」
「――はい」
「――俺は、立ち続けます」
「――はい」
「――なら、時間切れで、引き分けです」
◇
「――引き分けの場合」
白装束は、言った。
「――席次の高い者が、勝者となります」
――ああ。
「――あなた、第一席ですよね」
「はい」
「――俺、七十席です」
「はい」
彼は、頭を下げた。
「――ですので、わたくしは、百年、一度も負けておりません」




