第56話 最終日の抽選
七日目の朝。
広間に、残った候補が集まった。
九十一人。
六人が、脱落か棄権で島を降りていた。
白装束が、石の板を掲げた。
「――最終日の組み合わせを、発表いたします」
◇
名前が、順に読み上げられていく。
俺は、フィナの隣で、待っていた。
「――第三席、カイル」
板の上に、文字が浮かんだ。
「――対戦相手、第二席」
広間が、ざわめいた。
――第二席。
六日間、誰も姿を見ていない席次。
「――第一席」
白装束は、続けた。
「――対戦相手」
◇
彼の指が、板の上で、止まった。
「――第七十席、ロイ」
◇
広間が、静まり返った。
九十一人が、一斉に、俺を見た。
――俺は、動けなかった。
「――あの」
俺は、手を挙げた。
「はい、七十席」
「――なんで、俺ですか」
「――抽選です」
白装束は、あっさり言った。
「――規則に則った、公正な抽選の結果です」
◇
「――白装束さん」
フィナが、前に出た。
「はい、鑑定士殿」
「――第一席の情報を、開示していただけますか」
「――できません」
「なぜですか」
「――規則の管轄外です」
彼は、そう言った。
「――第一席は、規則の外におられます」
◇
広間が、ざわめいた。
「――規則の外だと!?」
「――そんな席次があるか!」
白装束は、名簿を閉じた。
「――第一席は、百年前も、二百年前も、三百年前も、同じ方です」
◇
時間が、止まった気がした。
「――同じ、方」
俺は、その言葉を、繰り返した。
「はい」
「――百年前も?」
「はい」
「――三百年前も?」
「はい」
白装束は、頷いた。
「――十回の会戦、すべて、第一席は同じ方です」
◇
誰かが、言った。
「――優勝者の欄が、空白なのは」
白装束は、答えなかった。
答えないまま、頭を下げた。
「――試合は、正午より。闘技場にて」
◇
広間を出て、俺は、島の縁に立った。
崖の下は、雲だった。
地上は、見えなかった。
「――ロイさん」
フィナが、隣に来た。
「――勝てないですよね」
「――たぶん」
彼女は、正直に言った。
三百十二ページの仕様書を、抱えたまま。
「――情報が、ゼロです」
「――ゼロですか」
「ゼロです」
彼女は、紙束を見た。
「――九十九人分、調べました。……第一席だけ、一行もありません」
◇
俺は、崖の下の雲を見ていた。
「――フィナさん」
「はい」
「――俺、下町にいた頃」
俺は、言った。
「――自分の才能が何なのか、一行も知らなかったです」
彼女が、顔を上げた。
「才牌に、変な文字が出てて、誰も読めなくて。……鑑定士に見せても『不明』って言われて」
俺は、笑った。
「――情報ゼロでした」
◇
「――それで、どうしたんですか」
「――皿を洗ってました」
「――は?」
「五年」
俺は、言った。
「情報がないなら、わかるまで待つしかないです。……その間、俺にできたのは、皿を洗うことだけでした」
俺は、彼女を見た。
「――四百四十一枚割りましたけど」
◇
フィナは、しばらく黙っていた。
それから、紙束を、ぎゅっと抱えた。
「――ロイさん」
「はい」
「――私、【看破】を持っています」
「はい」
「――才能の真贋を見る才能です。……塗り潰しも、偽装も、見抜けます」
彼女は、顔を上げた。
「――ですが、一度も、わからないものを見たことがありません」
◇
「――あなたの才牌だけです」
彼女は、言った。
「三年、鑑定士をやって、あなたの才牌だけが、読めませんでした」
彼女は、俺を見た。
「――だから、私は、あなたに賭けます」
◇
「――賭ける?」
「はい」
彼女は、紙束を開いた。
「――第一席の情報は、ゼロです。ですが、あなたの情報は、三百十二ページあります」
彼女は、ペンを構えた。
「相手を解析できないなら、あなたを解析します」
彼女は、言った。
「――あなたが、どこまでできるかを、私が知っています」
◇
正午。
俺は、闘技場に降りた。
九十人が、縁に立っていた。
――第三席のカイルはいない。第二席との試合が、別の場所で行われている。
俺は、円の中央に立った。
剣を、握った。
――ガルド爺が、三日かけて打った、軽い剣。
◇
反対側の通路から、足音がした。
――静かな足音だった。
現れたのは。
◇
――白装束だった。
顔を覆う布。継ぎ目のない白。足音のしない歩き方。
六日間、俺たちに規則を説明し続けた、あの使者と、同じ姿。
「――え」
俺は、思わず声を出した。
「――あなた、使者ですよね」
◇
白装束は、闘技場の中央で、止まった。
そして、深く、頭を下げた。
「――第一席」
彼は、名乗った。
「――百才会戦、進行役兼、第一席にございます」




