第55話 二日目から六日目
二日目。
相手は、第五十八席、老人だった。
才牌十四枚。銘は、全部、植物に関するものだった。
闘技場に、蔦が生えた。俺は、それに絡め取られて、三十分動けなかった。
――でも、折れなかった。
【不撓】は、締めつけに強かった。骨が曲がらないというのは、そういうことだった。
三十一分目に、俺は蔦を引きちぎった。
老人は、「ほう」と言って、降参した。
◇
「――才牌、いりません」
「――受け取れ」
老人は、そう言った。
「――え?」
「わしのは、庭木の手入れの才能だ」
彼は、笑った。
「――八十だ。もう、庭はいい」
「――でも」
「――受け取って、返せ」
彼は、言った。
「そういう規則の穴を作ったのは、お主じゃろう」
◇
三日目。
相手は、第六十二席、俺と同い年くらいの少女だった。
才牌七枚。全部、音に関するもの。
彼女の声を聞くと、体が動かなくなった。
――【麻痺声】。
俺は、四十分、動けなかった。
その間、彼女は、一度も攻撃しなかった。
「――なんで、攻撃しないんですか」
「――怖いから」
彼女は、そう言った。
「――人を、殴るのが」
◇
俺は、動けないまま、聞いた。
「――じゃあ、なんで出たんですか」
「――出ろって、言われたから」
彼女は、俯いた。
「――家が、そういう家なの」
◇
俺は、四十一分目に、動いた。
【不撓】が、麻痺を押し切った。
彼女は、悲鳴を上げて、目を閉じた。
――俺は、殴らなかった。
彼女の前に、しゃがんだ。
「――嫌なら、帰った方がいいですよ」
「――帰れない」
「――帰れます」
俺は、言った。
「――七日目まで残ったら、たぶん、帰れなくなります」
◇
彼女は、その日、棄権した。
自分から、白装束に申し出た。
――才牌七枚を持ったまま。
「――規則上、棄権者の才牌は移動しません」
白装束は、そう言った。
「――お帰りください」
彼女は、俺を見た。
それから、深く、頭を下げた。
「――ありがとう」
◇
四日目。
相手は、第三十席、ドルガだった。
俺たちは、闘技場で向かい合った。
「――手加減はせん、って言いましたよね」
「――言った」
「――やりますか」
「――やる」
彼は、剣を抜いた。
「――ただし、一つ聞かせろ」
◇
「――なんですか」
「――お前、俺に勝ったら、才牌を返すのか」
「――返します」
「――なんでだ」
「――増えないので」
「――そうじゃねえ」
彼は、剣を構えた。
「――俺が、返してほしくねえって言ったら、どうする」
◇
俺は、少し考えた。
「――受け取ります」
「――即答か」
「――本人が要らないなら、受け取ります」
俺は、言った。
「――俺、押しつけたいわけじゃないです」
◇
試合は、五十二分かかった。
ドルガは、強かった。三十二枚の才牌を、全部使ってきた。
俺は、四十回転んだ。
四十回、立った。
立ち上がりの時間は、平均二秒九だった。
――疲れても、遅くならなかった。【不撓】のおかげだ。
五十二分目に、俺の拳が、彼の顎に入った。
◇
「――ちくしょう」
彼は、岩の上で、大の字になった。
「――負けた」
「――才牌」
「――やる」
彼は、そう言った。
「――全部、持ってけ」
「――返さなくていいんですか」
「――返すな」
彼は、天を見ていた。
「――俺は、三十二枚、全部奪ったんだ」
彼は、言った。
「――一回も、返さなかった」
◇
「――ドルガさん」
「――なんだ」
「――返します」
「――聞けよ、人の話を!!」
「聞きました」
俺は、しゃがんだ。
「――でも、あなた、階段で助けてくれましたよね」
「――借りだって言ったろ」
「――借り、返してもらってないです」
俺は、言った。
「――九千五百段、三百十二ページ持って上ってくれたの、まだ返してないです」
◇
五日目。
相手は、棄権した。
闘技場に来なかった。
白装束が、こう言った。
「――第四十四席、辞退。理由――『七十席とは戦いたくない』」
「――なんでですか」
「――『勝っても負けても、何かを言われる』とのことです」
◇
六日目。
相手は、第十九席だった。
才牌、四十一枚。
――強かった。
俺は、六十分の制限時間いっぱい戦って、判定負けした。
初めての、敗北だった。
◇
「――才牌、渡します」
俺は、そう言った。
第十九席の男は、俺の才牌を、しばらく見ていた。
【不撓】。一枚。
彼は、それを受け取って――
――そして、返した。
「――いらん」
「――え?」
「一枚だけの才牌など、使い道がない」
彼は、あっさり言った。
「――それに」
彼は、闘技場の縁を見た。
九十人以上が、見下ろしていた。
――全員、俺を見ていた。
◇
「――お前の才牌を取ったら」
彼は、言った。
「――あの連中が、俺を見る」
彼は、背を向けた。
「――面倒だ」
◇
その夜、俺は、宿舎の屋上で、才牌を見ていた。
【不撓】。
残り、二つの黒い升目。
――五日戦って、一つもほどけなかった。
二日目の老人も、三日目の少女も、四日目のドルガも。
――誰も、何も、変わらなかったわけじゃない。
でも、足りなかった。
◇
「――ロイさん」
フィナが、上がってきた。
「――明日、最終日です」
「はい」
「――抽選は、朝六時です」
彼女は、紙束を抱えていた。
「――そして」
彼女は、言った。
「――第一席と第二席が、まだ、誰とも戦っていません」




