第53話 試してみませんか
「――私に、何をさせる気」
シャノンが、言った。
「試合中よ。……あなたの相手なのよ、私は」
「はい」
「――なのに、なんで」
「――試合、六十分あるので」
俺は、言った。
「六十分、何をしてもいいですよね」
◇
俺は、闘技場の縁を見上げた。
九十五人が、見下ろしていた。
誰も、何も言わなかった。
――たぶん、意味がわからなかったんだと思う。
俺にも、半分わからなかった。
「――シャノンさん」
「なに」
「俺に、【防壁】を張ってください」
◇
「――は?」
「張ってください」
「――なんで!?」
「試したいので」
「――試合よ!?」
「試合です」
俺は、頷いた。
「俺は、あなたを殴ります。……その前に、一回、試したいんです」
◇
シャノンは、しばらく、俺を見ていた。
それから、鎧の中で、深く息を吐いた。
「――バカなの?」
「よく言われます」
「――九十五人、見てるのよ」
「見てますね」
「――笑われるわよ」
「――慣れてます」
◇
彼女は、両手を、俺の方に向けた。
――光った。
薄い、青い膜が、俺の体を包んだ。
同時に、彼女の鎧から、光が消えた。
――全部、切ったのだ。
【硬化】も、【重量】も、【反射】も。
◇
「――今、私、丸腰よ」
彼女は、言った。
「殴ったら、一撃で終わる」
「――でしょうね」
「――やらないの?」
「――何分もちますか、それ」
◇
シャノンは、自分の手を見た。
それから、目を見開いた。
「……嘘」
「――どうしました」
「――減らない」
彼女は、掠れた声で言った。
「【持久】が、【防壁】一枚だけを支えてる。……維持の消費が、八分の一以下」
彼女は、顔を上げた。
「――これ、何時間ももつ」
◇
闘技場の縁が、ざわめいた。
「――何時間!?」
「たぶん、十時間以上」
彼女は、震える声で言った。
「――ううん。もっと」
彼女は、自分の手を、じっと見た。
「――一日、いける」
◇
俺は、その青い膜に、触れた。
硬かった。
拳で叩いても、びくともしなかった。
「――シャノンさん」
「……なに」
「これ、九枚分の防御が、俺に乗ってますよね」
「――乗ってる」
「――誰か、守れませんか、これで」
◇
シャノンの手が、震え始めた。
「――守れる」
彼女は、言った。
「――一人なら、一日中、守れる」
彼女は、両手で顔を覆った。
「――なんで」
彼女の声が、割れた。
「――なんで、九年、気づかなかったの」
◇
俺は、その場に立っていた。
青い膜に包まれたまま。
「――たぶん」
俺は、言った。
「――自分を守るのに、必死だったからじゃないですか」
彼女の肩が、跳ねた。
「――九枚、全部防御を集めたんですよね」
俺は、言った。
「――それって、たぶん、怖かったからです」
◇
シャノンは、しゃがみ込んだ。
闘技場の岩の上に。
鎧が、がしゃんと音を立てた。
「――怖かったわよ」
彼女は、言った。
「怖かった。……八つの時に、家が焼けて、家族が、全部」
彼女は、両手で顔を覆った。
「――私だけ、生き残ったの」
◇
闘技場は、静かだった。
九十五人が、見下ろしていた。
「――だから、硬くなろうと思った」
彼女は、言った。
「硬くなれば、次は誰も死なないって、思った」
彼女は、笑った。
「――順番が、逆だったのね」
◇
鐘が、鳴った。
六十分。
試合終了の鐘だった。
◇
「――判定」
白装束が、闘技場の縁から言った。
「両者、有効打なし。……規則により、引き分けとします」
「――待った」
シャノンが、立ち上がった。
「なんでしょう」
「――負けを、申し出る」
◇
「――シャノンさん!?」
「いいの」
彼女は、俺を見た。
目が、真っ赤だった。
「――教えてもらったから」
彼女は、鎧の留め具を外した。
重い鎧が、岩の上に落ちた。
「――才牌九枚、渡す」
◇
「――いらないです」
俺は、言った。
「――は?」
「いらないです」
俺は、首を振った。
「――受け取って、すぐ返します」
「――あなた、それ、予選でも」
「やりました」
「――なんで!?」
◇
「――だって」
俺は、言った。
「あなた、【防壁】、覚えたところじゃないですか」
俺は、彼女を見た。
「――これから、誰か守るんでしょ」
◇
シャノンは、その場に、崩れ落ちた。
声を上げて、泣いた。
闘技場の岩の上で。
九十五人が、見下ろす中で。
◇
その時。
俺の胸が、熱くなった。
――才牌を、引っ張り出した。
【不屈】。
三つ目の升目の黒が、剥がれていく。
二つの文字が、ほどけて、混ざって。
◇
新しい銘が、浮かんだ。
【不撓】。




