第52話 初日
抽選は、朝六時だった。
広間に、九十七人が並んだ。
白装束が、石の板を掲げた。
板の上に、文字が浮かんだ。組み合わせだ。
「――七十席、ロイ」
俺の名が、呼ばれた。
「――対戦相手、第四十一席、シャノン」
◇
俺は、その名を、フィナの仕様書で探した。
彼女は、既に開いていた。
「――シャノン。二十二歳。才牌九枚」
彼女は、読み上げた。
「銘は――【硬化】【重量】【反射】【耐熱】【耐寒】【耐毒】【持久】【固定】【防壁】」
彼女の顔が、強張った。
「――全部、防御です」
「――攻撃が、ないんですか」
「――ありません」
◇
闘技場は、島の中央にあった。
円形の、岩を削った窪み。観客席はない。
――代わりに、九十五人が、縁に立って見ていた。
俺は、円の中に降りた。
反対側から、女が降りてきた。
小柄だった。俺より、頭一つ小さい。分厚い鎧を着ている。
――重そうだった。
◇
「――七十席のロイ」
彼女は、名乗らずに、そう言った。
「はい」
「――才牌一枚」
「はい」
「――棄権して」
彼女は、そう言った。
「――え?」
「棄権して。……私、あなたに勝てない」
◇
俺は、面食らった。
「――逆じゃないですか」
「逆じゃない」
彼女は、鎧の中で、ため息をついた。
「私の才能、全部防御なの。攻撃手段がゼロ」
彼女は、あっさり言った。
「――私、九戦して、九回引き分けてる」
「――引き分け」
「相手が諦めるまで、殴られ続ける。相手も私を倒せない。……時間切れで、引き分け」
◇
俺は、その言葉を、飲み込んだ。
「――それで、四十一席?」
「引き分けは、席次が動かないから」
彼女は、言った。
「――でも、あなたは違う」
彼女は、俺を見た。
「あなたは、四十七分待った人でしょ」
「――はい」
「――私、時間切れまで、耐えられない」
◇
「試合時間は、六十分」
彼女は、言った。
「私の【持久】は、四十分が限界。……それを超えると、防御が崩れる」
彼女は、拳を握った。
「――あなたは、六十分、殴り続ける」
「――殴りますね、たぶん」
「――でしょ」
彼女は、頷いた。
「だから、棄権して。……私の才牌九枚、あげるから」
◇
俺は、しばらく黙っていた。
「――シャノンさん」
「なに」
「――なんで、会戦に出たんですか」
「――え?」
「攻撃手段がなくて、九回引き分けて、それでも出てるのは」
俺は、聞いた。
「――なんでですか」
◇
彼女は、答えなかった。
しばらく、鎧の中で、黙っていた。
「――守りたいものが、あったから」
やがて、彼女は言った。
「――そう思って、防御ばっかり集めた」
彼女は、鎧を叩いた。
「九枚。全部、防御。……子供の頃から、そればっかり」
彼女は、笑った。
「――結果、何も守れないの」
◇
「――何も?」
「攻撃できないから、誰も守れない」
彼女は、言った。
「守るって、相手を退けることでしょ。……私は、自分が硬いだけ」
彼女は、俯いた。
「――私が硬くても、隣の人は死ぬ」
◇
鐘が、鳴った。
試合が、始まった。
俺は、動かなかった。
シャノンも、動かなかった。
――九十五人が、縁から見ていた。
「――どうぞ」
彼女は、両手を広げた。
「殴って。……六十分、耐えられないから」
◇
俺は、剣を、地面に置いた。
「――なにしてるの」
「置きました」
「――なんで」
「――重いので」
俺は、嘘をついた。
軽い剣だ。ガルド爺が三日かけて打った、軽い剣だ。
「――シャノンさん」
「なに」
「一つ、聞いていいですか」
◇
「――あなたの【防壁】って、他人にかけられますか」
シャノンの動きが、止まった。
「……え?」
「【防壁】です。……自分だけですか、それとも、他人にも張れますか」
彼女は、しばらく、答えなかった。
「――張れる、けど」
「――張れるんですか!?」
「張れるけど、意味ないでしょ」
彼女は、言った。
「私が誰かに防壁を張っても、私は無防備になる。……二人分は、維持できない」
◇
俺は、フィナを見た。
闘技場の縁で、彼女が、紙束をめくっていた。
――そして、顔を上げた。
「――ロイさん!!」
彼女が、叫んだ。
「【持久】の仕様です!」
「――言ってください!」
「――【持久】は、他の才能の維持時間を延ばす才能です!」
◇
シャノンの顔が、変わった。
「――なんで、それを」
「――記録から逆算しました!」
フィナが、叫んだ。
「あなたの九戦、全部、四十分で防御が崩れています! ですが、才牌八枚を同時維持して四十分は、異常に長い!」
彼女は、紙束を掲げた。
「――【持久】が、他の八枚を支えているんです!」
◇
俺は、シャノンを見た。
「――シャノンさん」
「……なに」
「【持久】を、【防壁】だけに使ったら」
俺は、聞いた。
「――どのくらい、もちますか」
彼女の目が、見開かれた。
「――え」
「一枚だけ、他人に張る。他は全部切る」
俺は、言った。
「――何分、もちますか」
◇
シャノンは、長いこと、答えなかった。
やがて、彼女は、掠れた声で言った。
「――計算したこと、ない」
「――してみてください」
「――でも」
「――やったこと、ないんですよね」
俺は、言った。
「九戦、全部、自分を硬くすることに使ってきたんですよね」
俺は、彼女を見た。
「――一回くらい、試してみませんか」




