第49話 浮島へ
出発の日は、晴れていた。
王都の中央広場に、百人の候補が集められた。
――正確には、九十九人と、俺だ。
◇
異様な光景だった。
鎧を着た騎士。ローブの魔術師。獣の毛皮を纏った大男。杖をついた老人。俺より年下に見える少女。
全員が、才牌を、胸に下げていた。
――枚数が、違った。
二十枚。三十枚。四十枚。首から下げた才牌が、鎧のように重なっている者もいた。
俺の才牌は、一枚だった。
◇
「――おい」
誰かが、言った。
振り返ると、鎧の男が立っていた。二十代半ば。才牌は、たぶん三十枚。
「お前が、七十席のロイか」
「はい」
「――才牌一枚だな」
「一枚です」
男は、俺の胸元を、じっと見た。
それから、笑った。
「――返したそうだな」
「はい」
「バカか」
「よく言われます」
◇
男は、俺の肩を叩いた。
――強く。
よろけるくらい。
「――なあ、七十席」
「はい」
「ここはな、才能の取り合いだ」
彼は、言った。
「勝ったら奪う。奪ったら強くなる。強くなったらまた勝つ。……それだけの場所だ」
彼は、自分の才牌を掲げた。
「俺は三十二枚だ。全部、勝って奪った」
彼は、俺を見た。
「――お前がやってるのは、なんだ」
◇
俺は、少し考えた。
「――俺のは」
俺は、言った。
「勝っても、増えないです」
「――は?」
「才牌、増えないんですよ」
俺は、胸元の一枚を出した。
「一枚のまま、名前が変わるだけです」
男が、眉を寄せた。
「――名前が変わる?」
「はい」
俺は、言った。
「三か月前は【諦めない】でした。今は【不屈】です」
◇
男は、しばらく、俺の才牌を見ていた。
それから、言った。
「――聞いたことねえな、そんな才能」
「俺もです」
「――お前のだろうが」
「俺のなんですけど、よくわからないんです」
俺は、正直に言った。
「専属の鑑定士に、三百十二ページ書いてもらいましたけど、まだわからないです」
「――三百十二!?」
「はい」
◇
男は、しばらく黙って、それから、笑った。
さっきと違う笑い方だった。
「――変な奴だな」
「はい」
「――俺は、ドルガだ。三十席」
彼は、名乗った。
「――ロイです」
「知ってる」
彼は、俺の肩を、また叩いた。
今度は、軽く。
「――浮島で、当たったら、手加減はせん」
「――どうぞ」
◇
正午。
空が、割れた。
――比喩じゃなかった。
王都の上空に、光の裂け目が走って、その向こうから、影が降りてきた。
――階段だった。
石の階段が、空から、まっすぐ降りてきた。
広場の中央に、その一段目が、着いた。
◇
白装束が、その前に立った。
「――百才会戦、開会いたします」
彼は、深く頭を下げた。
「候補者百名、順にお上がりください」
「――上がる」
俺は、その階段を見上げた。
――終わりが、見えなかった。
空の裂け目まで、まっすぐ続いている。
「――何段あるんですか」
「九万九千九百九十九段です」
◇
「――九万!?」
「はい」
白装束は、あっさり言った。
「これが、最初の試練です」
広場が、ざわめいた。
「上りきれなかった者は、候補資格を失います」
彼は、言った。
「――才能の使用は、自由です」
◇
その瞬間、九十九人が、動いた。
飛んだ者。走った者。風を纏った者。石段を蹴って、十段ずつ跳ねる者。
――才能持ちの、移動だった。
三十秒で、半分が見えなくなった。
俺は、一段目に、足をかけた。
◇
「――ロイさん」
フィナが、隣に立った。
「鑑定士も、上がるんですか」
「上がります」
彼女は、紙束を抱え直した。
「――ただし、私は才能を移動に使えません。【看破】は、見るだけの才能です」
「――じゃあ」
「歩きます」
彼女は、あっさり言った。
「九万九千九百九十九段」
◇
俺は、その階段を見上げた。
それから、フィナを見た。
「――一緒に行きましょう」
「――え?」
「俺も、歩きなんで」
俺は、笑った。
「【不屈】は、速くならないです」
◇
俺たちは、上り始めた。
一段。二段。三段。
最初の千段で、フィナが息を切らした。
三千段で、俺が息を切らした。
一万段で、二人とも黙った。
三万段で、俺は、フィナの荷物を持った。
五万段で、フィナが、俺の剣を持った。
◇
七万段を過ぎたあたりで、フィナが座り込んだ。
「――すみません、少し」
「休みましょう」
「――いえ、行ってください」
彼女は、言った。
「――制限時間があります。日没までです」
「――何時ですか、今」
「――たぶん、四時です」
◇
俺は、空を見た。
日は、傾いていた。
あと、三万段。
――間に合わない。
俺は、しゃがんだ。
「――フィナさん」
「はい」
「――背中、乗ってください」




