第48話 仕様書・第三巻
二か月は、三か月より短かった。
毎朝、食堂で皿を洗う。昼、ガルド爺のところで転ぶ。夕方、広場で剣を三千回振る。夜、フィナの検証を受ける。
――そして、皿を割る。
「――四百四十一枚目」
「数えないでください」
「数えてるのは、おばさんです」
「――そうでした」
◇
変わったことが、一つあった。
広場に、人が来るようになった。
最初は、三人だった。子供が二人と、パン屋のおかみさん。
一週間で、二十人になった。
一か月で、百人を超えた。
「――なんで来るんですか」
「見に来てるんですよ」
フィナが、記録をつけながら言った。
「――何をですか」
「――ロイさんが、剣を振るところをです」
「地味ですよ」
「地味です」
「面白くないですよね」
「――面白くないです」
彼女は、正直に言った。
「――でも、みんな、来ます」
◇
その理由は、一か月目に、わかった。
その日、俺は、三千回目の途中で、剣を落とした。
腕が、上がらなかった。前の日、ガルド爺に六百回叩き倒されて、肩が壊れかけていた。
――やめようかな。
そう思った。
その瞬間。
【不屈】が、何もしてくれなかった。
――そうだった。
この才能は、俺が「まだやる」と決めた分しか、動かない。
◇
俺は、剣を拾おうとして、しゃがんだ。
その時、広場の端から、声がした。
「――ロイ、あと何回だ!」
パン屋のおかみさんだった。
「――え?」
「あと何回だい!」
「――七百回くらいです」
「じゃあ、数えてやるよ!」
彼女は、そう言って、手を叩いた。
「――いち!」
◇
俺は、剣を拾った。
振った。
「――に!」
子供が、続いた。
「――さん!」
誰かが、続いた。
「――し!」
二十人が、続いた。
「――ご!」
――百人が、数え始めた。
◇
俺は、七百回、振った。
百人が、七百まで数えた。
最後の一回を振り終えた時、広場が、うるさかった。
――誰も、笑っていなかった。
◇
「――ロイさん」
その夜、フィナが言った。
「今日、ほどけそうでした」
「――え?」
「才牌です。……六百回目あたりで、二つ目の升目が、少し薄くなりました」
彼女は、紙束をめくった。
「――ほどけませんでしたが」
「――なんでですか」
「――足りなかったんだと思います」
彼女は、少し考えた。
「条件は、たぶん、『誰かが期待していること』です。……ですが、今日は、練習でした」
彼女は、俺を見た。
「――負けそうな時じゃないと、たぶん、ほどけません」
◇
二か月目の終わり、フィナが仕様書を持ってきた。
第三巻。
――分厚かった。
「――何ページですか」
「三百十二ページです」
「――四倍!?」
「二か月ありましたので」
彼女は、それを机に置いた。
どん、と音がした。
「――中身は」
「三つに分かれています」
彼女は、指を立てた。
「一つ目。ロイさんの仕様。……立ち上がり時間、疲労曲線、判断の鈍る回数、【不屈】の発動条件」
「二つ目」
「――本戦候補、九十九人分の記録です」
◇
「――九十九人!?」
「調べられた範囲で、です」
彼女は、紙束をめくった。
「五十人は予選通過者。もう五十人は、予選免除の上位席次者です」
「――免除?」
「上位二十席は、予選がありません」
彼女は、あっさり言った。
「強すぎて、予選が成立しないからです」
◇
俺は、そのページをめくった。
――名前が、並んでいた。
『第一席 ??? 才牌数 不明』
『第二席 ??? 才牌数 不明』
『第三席 ??? 才牌数 不明』
――全部、不明だった。
「……フィナさん」
「はい」
「上、全部わからないんですけど」
「――はい」
彼女は、悔しそうに言った。
「一桁席の情報は、鑑定士組合にもありません」
◇
「――じゃあ、三つ目は」
「三つ目は」
彼女は、最後の束をめくった。
そこには、一枚だけ、紙が挟まっていた。
「――一枚?」
「はい」
彼女は、それを差し出した。
俺は、受け取って、読んだ。
◇
『第七十席 ロイ/【不屈】』
『才牌数:一』
『予選:第八十七席ヴェイルに勝利(四十七分)』
『特記:勝利後、才牌を敗者に返還』
その下に。
フィナの字で、こう書いてあった。
『――本会戦において、才牌を返還した候補者は、記録上、彼が最初である』
◇
「――フィナさん、これ」
「はい」
「――俺の記録ですよね」
「はい」
「なんで、仕様書に」
「――候補者九十九人の記録の、最後です」
彼女は、言った。
「――百人目です」
◇
彼女は、紙束を、両手で押さえた。
「私、鑑定士です」
彼女は、言った。
「才能を、記録するのが仕事です」
彼女は、顔を上げた。
「――だから、あなたのことも、記録します」
彼女の耳が、赤かった。
「――他の九十九人と、同じ形式で」




