第47話 十年ぶりの炉
剣は、軽かった。
驚くほど。片手で振っても、腕が疲れなかった。
「――軽いですね」
「軽くした」
「――斬れます?」
「斬れねえ」
「斬れないんですか!?」
「斬るのは、才能持ちの仕事だ」
爺さんは、炉の火を落としながら言った。
「お前がやるのは、殴ることだ」
◇
俺は、その剣を、月明かりにかざした。
まっすぐな、鉄の棒。刃はついているが、鈍い。
「――これ、何なんですか」
「棒だ」
「棒って言い張りますね」
「――棒だからだ」
爺さんは、椅子に座った。
「三か月、お前を叩いてきた木の棒と、同じ重さにしてある」
俺は、その剣を、握り直した。
――たしかに。
三か月、体に染みついた重さだった。
◇
「――爺さん」
「なんだ」
「なんで、十年、打たなかったんですか」
爺さんは、答えなかった。
しばらく、消えていく炉の火を見ていた。
「――俺はな、坊主」
やがて、彼は言った。
「百年前の会戦を、見たわけじゃねえ」
「――そりゃ、そうでしょう」
「だが、記録は読んだ」
彼は、酒瓶に手を伸ばして――やめた。
「――百年前、会戦に出た平民は、二人だ」
「――聞きました」
「一人は、才能を取られて、才能なしで帰ってきた」
彼は、言った。
「――そいつが、俺の親父だ」
◇
俺は、剣を持ったまま、固まった。
「――え」
「才能なしで帰ってきて、鍛冶屋を始めた」
爺さんは、あっさり言った。
「才能なしでも、鉄は打てる。……ただ、遅い。一本打つのに、才能持ちの十倍かかる」
彼は、自分の手を見た。
「俺は、その親父に、鍛冶を教わった」
「――爺さんの才能は」
「【鉄鳴】だ」
彼は、言った。
「鉄の焼き加減が、音でわかる。……鍛冶屋には便利な才能だ」
◇
「――じゃあ、なんで」
「十年前に、貸した」
爺さんは、そう言った。
「――貸した?」
「才牌は、貸せる」
彼は、言った。
「金貸しに、担保として。……娘の嫁入りの金が要った」
彼は、笑った。
「三年で返す約束だったが、返せんかった」
◇
俺は、その言葉を、飲み込んだ。
「――じゃあ、今」
「才能なしだ」
爺さんは、あっさり言った。
「音がわからん。焼き加減が読めん。……だから、打てんかった」
彼は、炉を見た。
「十年、一本も打てんかった」
◇
「――でも、今日、打ちましたよね」
「打った」
「――どうやって」
「勘だ」
爺さんは、そう言った。
「五十年、鉄を叩いてきた勘だ」
彼は、俺を見た。
「――才能がなくなって、十年経って、それでも、体は覚えとった」
◇
俺は、その剣を、両手で持った。
軽い。まっすぐで、飾りがなくて、鈍い。
「――爺さん」
「なんだ」
「これ、才能で打ったやつと、どう違いますか」
「――遅い」
爺さんは、即答した。
「才能持ちなら、半日で打つ。俺は、三日かかった」
「――三日!?」
「五日前から、火を入れとった」
彼は、鼻を鳴らした。
「白いのが来る前から、な」
◇
俺は、その剣を、抱えた。
「――ありがとうございます」
「礼はいい」
爺さんは、手を振った。
「――その代わり、一つ、聞け」
「はい」
「浮島でな、坊主」
彼は、俺を見た。
「――金貸し組合の代表が、来る」
◇
「――え?」
「会戦の後援者だ」
爺さんは、言った。
「あそこは、才牌の売買を仕切っとる。会戦は、才牌が大量に動く場だからな」
彼は、拳を握った。
「――親父の才牌も、俺の才牌も、ヴェイルの親父の才牌も」
彼は、言った。
「――全部、そこにある」
◇
俺は、剣を握りしめた。
「――爺さん」
「なんだ」
「取り返せますか」
「――知らん」
彼は、あっさり言った。
「だが、会戦の優勝者には、神々の才牌が与えられる」
彼は、俺を見た。
「――それが何なのかは、誰も知らん」
彼は、少しだけ、笑った。
「知らんものは、何にでも使える可能性がある」
◇
俺は、その夜、広場で剣を振った。
三千回、振った。
軽い剣だった。三千回振っても、腕が上がった。
――四百三十七枚の皿。
――三万六千回の転倒。
――四十七分。
全部、地味だった。
全部、才能じゃなかった。
◇
俺は、胸元の才牌を出した。
【不屈】。
残り、三つの黒い升目。
――三回。
あと三回、あの日と同じことをすれば、五文字が全部ほどける。
百人の候補。
――多すぎるくらい、ちょうどいい。




