第43話 取り立て
俺は、その場で倒れた。
勝ってから、十秒後だった。
【不屈】は、痛みで動きを止めなくする才能だ。血が足りなくなるのは、止められない。
◇
目が覚めたのは、三日後だった。
白い天井。薬の匂い。腕に、包帯。
「――起きましたか」
フィナが、椅子に座っていた。
目の下に、隈があった。
「……何日」
「三日です」
「――寝てないでしょ」
「寝ました」
「何時間」
「――合計で、四時間くらいです」
「三日で!?」
「はい」
彼女は、あっさり頷いた。
「起きなかったら困るので」
◇
俺は、体を起こそうとして、諦めた。
全身が、痛かった。
「傷は」
「三十一か所、全部縫いました」
彼女は、記録を見た。
「治癒師が三人がかりでした。……ちなみに、費用は勝者賞金から引かれます」
「――いくらですか」
「賞金の、八割です」
「八割!?」
「治癒は高いです」
「――残り二割は」
「金貨三枚です」
◇
俺は、天井を見た。
「――少なくないですか」
「予選ですので」
彼女は、あっさり言った。
「本戦は、一戦につき金貨百枚です」
「百!?」
「はい。……本戦に出られれば、ですが」
◇
その時、病室の扉が、叩かれた。
「――入るぞ」
ガルド爺だった。
酒瓶を持っていた。
「病人に酒持ってくる人います?」
「俺の分だ」
「――自分の分!?」
爺さんは、椅子に座って、勝手に飲み始めた。
「――坊主」
「はい」
「見たぞ」
彼は、酒を一口飲んだ。
「――五千人の席が、埋まっとった」
◇
「――え?」
「途中からだ」
爺さんは、言った。
「他の四十九試合が、次々終わってな。……客が、お前の試合に集まってきた」
彼は、酒瓶を置いた。
「四十分過ぎには、五千人、満席だ」
俺は、天井を見た。
――そういえば。
途中から、音が大きくなった気がした。
「――知らなかったです」
「そりゃ、目ぇ閉じとったからな」
「――見てたんですか」
「見とったよ」
爺さんは、鼻を鳴らした。
「――あの時、五千人が、お前を見とった」
◇
俺は、胸元の才牌に触れた。
【不屈】。
二つの升目が、繋がって、一つになっている。
残り、三つの黒い升目。
「――フィナさん」
「はい」
「条件、当たってましたね」
「――誰かが、見ていること」
彼女は、紙束をめくった。
「はい。……ただ、少し修正が必要です」
「修正?」
「人数ではありません」
彼女は、俺を見た。
「――見ている人が、何を思っているかです」
◇
「三か月前の決闘。五百人は、あなたが負けるのを見に来ていました」
彼女は、言った。
「今回の予選。二千五百人は、あなたを笑いに来ていました」
彼女は、指を立てた。
「――ですが、四十分過ぎに、五千人になりました」
彼女は、俺を見た。
「その五千人は、あなたが立つのを見に来たんです」
◇
俺は、その言葉を、しばらく考えていた。
「……つまり」
「はい」
「笑われてる時じゃなくて」
「はい」
「――期待されてる時に、ほどける」
「――たぶん」
彼女は、少し、自信なさそうに言った。
「まだ、二例しかないので」
◇
その時、病室の扉が、また叩かれた。
今度は、返事を待たずに開いた。
白装束だった。
「――失礼いたします」
顔の見えない使者が、部屋に入ってきた。
ガルド爺の顔が、強張った。
「――百番、ロイ様」
白装束は、一礼した。
「予選通過、おめでとうございます」
「……どうも」
「本戦は、二か月後です」
◇
「――それと」
白装束は、懐から、石の板を出した。
名簿だ。
「予選の規則に基づき、敗者の才牌は、勝者に移ります」
彼は、名簿を掲げた。
「八十七番、ヴェイル。才牌二枚。【加速】および【出血】」
「――待ってください」
俺は、体を起こした。
痛みが走ったが、【不屈】が効いていた。
「あの人、才牌を取られたら」
「才能のない者になります」
「――親の借金は」
◇
白装束の布が、わずかに、動いた気がした。
「――ご存じでしたか」
「本人から聞きました」
「……そうですか」
白装束は、名簿を見た。
「ヴェイル様の父君の才牌は、王都の金貸し組合が保有しています。返済期限は、来年の春」
彼は、言った。
「ヴェイル様が才牌を失えば、返済は不可能です」
「――じゃあ」
「父君の才牌は、競売にかけられます」
◇
俺は、拳を握った。
「――受け取りません」
白装束の動きが、止まった。
「――なんと」
「才牌、受け取りません」
俺は、言った。
「規則で決まっているのですが」
「――規則、変えられませんか」
「変えられません」
「――じゃあ」
俺は、少し考えた。
それから、言った。
「――受け取って、すぐ返すのは、いいですか」




