第41話 残り二回
二回目の二重掛けが、来た。
俺は、避けなかった。
――避けられなかった、が正しい。
右の胸が、切れた。
三十一。
膝が、落ちた。
――十一回目。
◇
立った。
三秒四。
視界が、揺れていた。
「――遅くなってるぞ」
ヴェイルの声。
彼も、膝に手をついていた。
二重掛けの代償だ。腕の血管が、切れている。
「――残り、一回ですね」
「――そうだな」
彼は、剣を杖にして、立っていた。
「――なあ、ロイ」
「はい」
「一つ、教えてくれ」
彼は、俺を見た。
「お前、なんで、そんなに立てる」
◇
俺は、その質問を、少し考えた。
三十一か所斬られて、十一回転んで、視界が白くて、腹に穴が開いていて。
――なんで、立てるんだろう。
「――たぶん」
俺は、言った。
「立てるからです」
「――答えになってねえ」
「なってないですね」
俺は、笑った。
「――でも、それだけなんですよ」
俺は、観客席を見上げた。
二千五百人。
三十分前は、笑っていた。
――今は、誰も、笑っていなかった。
◇
「才能って、みんな、すごいことができるようになるものだと思ってますよね」
俺は、言った。
「速くなるとか、強くなるとか、燃やせるとか」
俺は、胸元の才牌に触れた。
「俺のは、違うんです」
俺は、言った。
「――できなくならないだけです」
◇
「立てなくならない。続けられなくならない。……それだけです」
俺は、拳を握った。
「三か月、毎日六百回転びました。四十二回転んで四十二回立ちました。皿を十九枚割りました」
俺は、笑った。
「――全部、地味です」
俺は、彼を見た。
「でも、地味なことを、地味なまま、ずっと続けられるっていうのは」
俺は、一歩、前に出た。
「――才能だと思うんです」
◇
ヴェイルは、しばらく、黙っていた。
それから、剣を構えた。
「――最後の一回だ」
「はい」
「これで決める」
「はい」
「――外したら、俺の負けだ」
彼は、言った。
「二重掛けが切れたら、俺はもう、動けねえ」
◇
俺は、身構えた。
――来る。
三度目の二重掛け。溜めはない。読めない。
フィナの声も、間に合わない。
――なら。
俺は、目を閉じた。
「――ロイさん!?」
フィナの叫び。
――大丈夫だ。
俺は、目を閉じたまま、立っていた。
◇
三か月、ガルド爺に殴られ続けた。
あの人は、木の棒で、俺を叩き倒した。一日六百回。
最初は、視界で追っていた。
でも、三万六千回もやると、視界より先に、体が動くようになる。
――風の動き。
――砂の音。
――相手の重心の、傾き。
「――こっちだ」
俺は、右に、半歩ずれた。
◇
剣が、俺の左肩を、かすめた。
――外した。
ヴェイルの体が、俺の横を、通り過ぎた。
――速度が、乗りすぎている。
二重掛けは、止まれない。
彼は、俺の背後に、着地した。
膝が、落ちた。
――腕から、血が噴いた。
◇
「――ぐ、」
彼は、砂に手をついた。
立てない。
三回目の二重掛けが、彼の体を、壊していた。
俺は、振り返った。
――四十一分。
時計を見なくても、わかった。
あと六分で、四十七分だ。
◇
俺は、彼の前に、歩いていった。
一歩ごとに、視界が白くなった。
三十一か所の傷。血が、砂に落ち続けている。
「――ヴェイルさん」
「――やれよ」
彼は、砂に手をついたまま、言った。
「一発で終わる。……お前、まだ拳が残ってるだろ」
「はい」
「――なら、やれ」
◇
俺は、拳を、握った。
握って、振り上げた。
――そして。
止めた。
「――なにしてる」
「――待ってます」
「――は?」
「あと六分です」
俺は、言った。
「四十七分になったら、殴ります」
◇
ヴェイルが、顔を上げた。
「――なんで」
「あなたの記録が、四十七分だからです」
俺は、言った。
「九戦、全部、四十七分かけて、相手を生かした」
俺は、拳を下ろした。
「――今日は、あなたが削られる側です」
俺は、彼を見た。
「同じだけ、待ちます」




