第40話 二重掛け
三十分が、経った。
俺は、二十九か所斬られていた。
転んだ回数は、九回。
立ち上がった回数は、九回。
――砂が、赤かった。
「――ロイさん!」
鑑定士席から、フィナの声。
「出血量、限界値に近いです! あと十五分で、意識が保ちません!」
「――了解!」
「了解じゃないです! 危険です!」
「わかってます!」
◇
ヴェイルは、息を切らしていた。
三十分、【加速】を使い続けている。一瞬しか使えない才能を、三十分間、何十回も。
――こいつも、限界だ。
「――ヴェイルさん」
「なんだ」
「あと、十七分ですね」
「――なんの話だ」
「四十七分です」
俺は、言った。
「あなたの平均です。……あと十七分で、いつもなら、相手が諦めます」
◇
ヴェイルは、剣を握り直した。
「――お前、諦めるか」
「諦めないです」
「――そうかよ」
彼は、剣を、両手で持った。
構えが、変わった。
「――じゃあ、こっちを使う」
彼の足元の砂が、爆ぜた。
◇
「――いち!」
フィナの声。
俺は、身構えた。
「――に!」
俺は、右に跳んだ。
――いなかった。
左から、来た。
腹が、深く切れた。
三十。
俺は、砂に膝をついた。
――十回目。
「――フィナさん!?」
「――溜めが、消えました!」
彼女の声が、悲鳴に近かった。
「二重掛けです! 【加速】を、二回重ねています!」
◇
俺は、立った。
三秒二。遅くなっていた。
「――二重掛け」
ヴェイルが、着地した。
彼の腕から、血が出ていた。
――自分の血だ。
「これは、体が持たねえ」
彼は、言った。
「三回が限界だ。……だから、九戦で一度も使わなかった」
彼は、剣を構えた。
「――お前が初めてだ」
◇
俺は、腹を押さえた。
血が、止まらない。
――【出血】。
視界が、白くなり始めていた。
――やばい。
あと、何回立てる。
二回か。三回か。
「――ロイさん!!」
フィナの声が、飛んだ。
「二重掛けの、代償を見つけました!」
◇
俺は、顔を上げた。
「――言ってください!」
「【出血】が、切れています!」
彼女の声が、闘技場に響いた。
「ヴェイルさんは、才牌を二枚同時に維持できません! 【加速】を二重に掛けている間、【出血】の維持が切れます!」
――え。
俺は、自分の腹を見た。
――止まっていた。
三十か所目の傷。さっき斬られたばかりの、一番深いやつ。
――血が、止まっていた。
◇
「――ヴェイルさん」
俺は、顔を上げた。
「なんだ」
「――止まってます」
俺は、腹を押さえていた手を、離した。
血が、垂れなかった。
ヴェイルの顔が、変わった。
「――くそ」
彼は、舌打ちした。
「そこまで見るのか、あの鑑定士は」
◇
俺は、笑った。
笑ったら、腹が痛んだ。
「――専属なんで」
俺は、拳を握った。
三十か所の傷。そのうち、二十九か所は、まだ血が流れている。
でも。
――止まった分だけ、体が動く。
「――ヴェイルさん」
「なんだ」
「二重掛け、あと二回ですよね」
彼の眉が、動いた。
「三回が限界って言いましたよね。……今、一回使いました」
俺は、一歩、前に出た。
「――残り、二回です」
◇
ヴェイルは、しばらく、動かなかった。
それから、笑った。
「――やられたな」
「はい」
「――俺、余計なことを喋りすぎた」
「はい」
「――お前のせいだぞ」
「――そうかもしれないです」
俺は、笑った。
「話す時間、たっぷりあるって言いましたよね」
◇
ヴェイルが、構えた。
「――二回で、終わらせる」
「――どうぞ」
俺は、両足を、砂に沈めた。
三か月、六百回、殴られて転んできた。
――今度は、転ばない。
いや。
――転んでも、二秒七で立つ。
「――来てください」




