第39話 斬らない理由
ヴェイルは、答えなかった。
答えないまま、消えた。
「――いち!」
フィナの声。
「――に!」
俺は、左に跳んだ。
――外した。
彼の剣は、俺の跳んだ先で、待っていた。
右の肩が、深く切れた。
今までで、一番深かった。
◇
「――十六」
彼は、着地しながら言った。
「余計なことを言うな」
「――言いますよ」
俺は、肩を押さえた。
血が、指の間から溢れた。
「四十七分あるんで、話す時間はたっぷりあります」
「――黙れ」
彼は、また消えた。
「――いち! ――に!」
俺は、避けた。避けきれなかった。
背中が、切れた。
十七。
膝が、落ちた。
――二回目。
◇
立った。
二秒八。
「――ヴェイルさん」
「黙れと言った」
「なんで、斬らないんですか」
彼の剣が、震えた。
「――九人、全員生きてますよね」
俺は、言った。
「失血で戦闘不能。でも、死者はゼロです」
俺は、彼を見た。
「四十七分かけて、削って、削って、相手が『もう無理だ』って言うまで待って」
俺は、息を吸った。
「――殺さないように、そうしてるんですよね」
◇
闘技場が、静かになった。
二千五百人の観客が、黙った。
ヴェイルは、剣を下ろしていた。
「……余計な」
彼の声が、掠れていた。
「余計な、詮索を」
「詮索してません。記録を読んだだけです」
「――記録に、そんなことは」
「書いてないです」
俺は、言った。
「書いてないから、変なんですよ」
◇
「才能決闘の記録には、必ず『致命傷の有無』の欄があります」
俺は、フィナに教わったことを、そのまま言った。
「ヴェイルさんの九戦、全部『なし』です。……九回連続で『なし』は、確率的におかしいって、うちの鑑定士が言ってました」
俺は、鑑定士席を見た。
フィナが、頷いていた。
「――狙ってやらないと、こうはならないです」
◇
ヴェイルは、長いこと、黙っていた。
それから、彼は言った。
「――俺は、平民だ」
観客席が、ざわめいた。
「才牌二枚で、八十七番の席をもらった。……普通、平民は候補にならねえ」
彼は、剣を持ち直した。
「うちは、借金があった」
「――借金」
「親父が、才能を担保に金を借りた」
彼は、あっさり言った。
「返せなくて、取られた。……親父の才牌は、今、金貸しの手元にある」
彼は、俺を見た。
「――取り返すには、金がいる。金を作るには、勝つしかねえ」
◇
「だから、俺は、勝ち続けてる」
彼は、言った。
「――だが、殺したら、そこで終わりだ」
彼の声が、少しだけ、震えた。
「殺人者になったら、賞金は出ねえ。候補資格も剥奪だ。……俺は、勝ち続けなきゃならねえのに、殺したら終わる」
彼は、剣を構えた。
「だから、削る。四十七分かけて、相手が諦めるまで」
彼は、笑った。
ひどく、疲れた笑い方だった。
「――しんどいか、って聞いたな」
「聞きました」
「――しんどいよ」
◇
俺は、その場に立っていた。
全身、血まみれで。十七か所斬られて。二回転んで。
――それでも。
「――ヴェイルさん」
「なんだ」
「俺、あなたに勝ちます」
「――だろうな」
「でも、一つだけ、言わせてください」
俺は、彼を見た。
「四十七分かけて、九人を生かしたのは」
俺は、言った。
「――才能じゃないです」
◇
ヴェイルの手が、止まった。
「あなたの才牌には、【加速】と【出血】しか書いてないです」
俺は、言った。
「殺さないでおく、なんて才能、書いてないですよね」
俺は、拳を握った。
「――それ、あなたが自分で決めたことです」
◇
闘技場が、静かだった。
ヴェイルは、剣を持ったまま、動かなかった。
やがて、彼は、言った。
「――ロイ」
「はい」
「お前、才牌一枚だったな」
「はい」
「――なんで、それで、そんなに喋れる」
彼は、剣を構え直した。
その構えが、さっきまでと、違った。
「――喋る才能でもあるのか」
「ないです」
俺は、言った。
「ただ、思ったことを言ってるだけです」
「――それだ」
ヴェイルは、言った。
「――それが、いちばん、腹が立つ」




