第38話 一回目
最初の一撃は、見えなかった。
左の二の腕が、熱くなった。
見ると、切れていた。浅い。指の幅くらいの、細い傷。
――血が、出続けた。
止まらない。
【出血】だ。
「――一つ」
ヴェイルの声が、後ろでした。
振り返る。もういない。
右の脇腹が、熱くなった。
「――二つ」
◇
三分で、俺は五か所斬られた。
全部、浅い。全部、止まらない。
砂に、点々と、赤い跡がついた。
「――どうした」
ヴェイルが、十メートル先に立っていた。
「まだ、一回も転んでねえぞ」
「――転ぶ練習は、してきましたけど」
俺は、息を整えた。
「転びたいわけじゃないんで」
◇
俺は、走った。
ヴェイルに向かって、まっすぐ。
――【加速】。
彼が、消えた。
次の瞬間、俺の背中が、熱くなった。
六か所目。
「――正面から来るのか」
彼の声が、後ろでした。
「九人とも、そうだった」
彼は、剣を振った。血が、砂に散った。俺の血だ。
「みんな、最初は正面から来る。……で、十分経つと、来なくなる」
◇
俺は、振り返った。
――遅い。
振り返った時には、彼はもう、別の場所にいる。
「フィナさん!」
俺は、鑑定士席に向かって、叫んだ。
観客席が、ざわめいた。試合中に鑑定士を呼ぶのは、規則違反ではないが、あまり見ない。
「――溜め、見えますか!」
フィナが、立ち上がった。
彼女は、紙束を投げ捨てて、両手を口に当てた。
「――見えます!」
◇
「【加速】の発動前に、踏み込みの溜めが一拍あります!」
彼女の声が、闘技場に響いた。
「私が数えます! 『いち』で溜め、『に』で発動です!」
「――了解!」
ヴェイルの眉が、動いた。
「――鑑定士を、そんな使い方するのか」
「専属なんで」
「――公認鑑定士は、中立だぞ」
「専属だって、白い人に言いました」
俺は、拳を握った。
「そしたら、『規則にありません』って」
◇
ヴェイルが、消えた。
「――いち!」
フィナの声。
俺は、動かなかった。
「――に!」
俺は、右に跳んだ。
――かすった。
左の耳の上が、切れた。
でも、当たらなかった。初めて、外した。
観客席が、どよめいた。
「――ほう」
ヴェイルが、十メートル先に着地した。
「読んだか」
「読みました」
「――一回だけだ」
彼は、剣を持ち替えた。
「溜めは、消せる」
◇
十分で、俺は十四か所斬られた。
フィナの声で、四回避けた。
でも、避けた分、深く斬られた。
――ヴェイルは、避けられるたびに、次の一撃を強くしていた。
「――十五」
左の腿が、深く切れた。
膝が、落ちた。
――一回目。
俺は、砂に手をついた。
◇
立った。
二秒七。
「――ほう」
ヴェイルが、初めて、驚いた顔をした。
「早いな」
「三か月やってきたんで」
「――だが、意味がねえぞ」
彼は、剣を構えた。
「早く立っても、俺には届かねえ」
「――届きます」
「なぜだ」
「――四十七分あるので」
◇
ヴェイルの動きが、止まった。
「……調べたな、その数字」
「はい」
「――四十七分、耐える気か」
「はい」
「――血が、もたねえぞ」
「もたせます」
俺は、立ち上がった。
全身から、血が流れていた。十五か所。全部、浅い。全部、止まらない。
――でも。
俺は、フィナの解析を思い出した。
『【出血】は傷を塞がなくするだけで、傷を増やしはしません』
『つまり、浅い傷を何度負っても、致命にはなりません』
「――浅いんですよ、全部」
俺は、言った。
「ヴェイルさん、九戦で一度も、深く斬ってないですよね」
◇
ヴェイルの顔が、変わった。
「――なぜ、それを」
「記録を読みました」
俺は、言った。
「九戦、相手の負傷、全部『浅い切創、多数』です。……一つも、深いのがない」
俺は、彼を見た。
「――斬れないんじゃなくて、斬らないんですよね」




