第37話 予選会場
予選の会場は、王都の外れの、古い闘技場だった。
石造りの、円形の建物。観客席は、五千人分あるらしい。
俺たちが着いた時、席は、半分ほど埋まっていた。
「――多いですね」
「少ないです」
フィナが、言った。
「本戦は、五万人規模です」
「――五万!?」
「予選は、興行としては格下ですので」
彼女は、あっさり言った。
「今日は、五十組の予選が、同時進行で行われます」
◇
控え室で、俺は待たされた。
石の部屋。椅子が一つ。窓はない。
フィナは、鑑定士の席に行っている。公認鑑定士は、選手の控え室に入れない規則だった。
俺は、一人で、才牌を眺めていた。
【諦めない】。
その下に、四つの黒い升目。
――三か月、変わらなかった。
毎日転んで、毎日立って、それでも、二つ目はほどけなかった。
「――条件は、誰かが見ていること、か」
俺は、呟いた。
三か月、俺を見ていたのは、フィナとガルド爺とマーサおばさんだけだ。
――足りないのか。
五百人、必要なのか。
◇
扉が、叩かれた。
「――ロイ選手。入場です」
俺は、立ち上がった。
石の通路を歩いて、光の中に出た。
◇
闘技場は、思ったより広かった。
直径、五十メートルくらい。地面は砂で、真ん中に円が描かれている。
観客席から、音が降ってきた。
――どよめきでも、歓声でもなかった。
笑いだった。
「――おい、見ろよ、才牌一枚だぞ」
「百番目の席の奴だろ」
「なんで出てんだ、あれ」
――三か月前と、同じだ。
俺は、あの日も、笑われながら広場に立った。
違うのは、今回は、五百人じゃないことだ。
二千五百人はいる。
◇
反対側の通路から、男が出てきた。
背が高い。細い。二十歳くらい。
――軽装だった。鎧を着ていない。革の胴当てだけ。
手に、細身の剣を一本。
その男は、円の中央まで歩いてきて、俺の前で止まった。
「――ヴェイル」
男は、名乗った。
「才牌二。【加速】と【出血】」
「――ロイです」
俺も、名乗った。
「才牌一。【諦めない】」
ヴェイルは、少しの間、俺を見た。
それから、言った。
「――なあ」
「はい」
「棄権しろ」
◇
俺は、面食らった。
「――え?」
「棄権しろ」
彼は、繰り返した。
「才牌一枚だろ。……取られたら、お前、何も残らねえぞ」
彼の声には、嘲りがなかった。
むしろ、困っているみたいだった。
「――ヴェイルさん」
「なんだ」
「棄権したら、どうなるんですか」
「才牌は俺のものになる。……だが、痛くねえ」
彼は、剣を持ったまま言った。
「摘出は痛いらしいが、棄権は、書類だけだ」
◇
俺は、その言葉を、しばらく考えた。
「――あの、聞いていいですか」
「なんだ」
「ヴェイルさん、九戦九勝ですよね」
「そうだ」
「全部、相手の失血で」
「――そうだ」
「――四十七分」
彼の眉が、動いた。
「調べたのか」
「専属の鑑定士がいるので」
俺は、観客席の鑑定士席を見た。
フィナが、紙束を抱えて、こっちを見ていた。
「――ヴェイルさん」
「なんだ」
「四十七分、しんどくないですか」
◇
ヴェイルの手が、止まった。
「……何が言いたい」
「いや、単純に」
俺は、頭をかいた。
「相手を四十七分かけて削るって、殴って倒すより、たぶん、ずっとしんどいです」
俺は、彼を見た。
「九回、それやったんですよね」
ヴェイルは、答えなかった。
答えないまま、剣を構えた。
「――棄権しないんだな」
「しません」
「――なんでだ」
俺は、少し考えた。
それから、こう言った。
「三か月、転ぶ練習してきたんで」
◇
「三か月?」
「はい。一日六百回」
「――なんの練習だ、それは」
「立つ練習です」
俺は、拳を握った。
「二秒七で立てます」
ヴェイルは、しばらく、俺を見ていた。
それから――笑った。
初めて、笑った。
「――そうかよ」
彼は、剣を、正眼に構えた。
「じゃあ、何回立てるか、数えてやる」
◇
鐘が、鳴った。
同時に、ヴェイルが、消えた。
――【加速】。




