第4話 王子さまの見世物
詰所の石壁は、座っていると尻から冷えた。
「……で、だ。ロイ。おめえ、自分が何をしたか、わかってんのか」
鉄格子の向こうで頭を抱えているのは、自警団のドズさんだった。朝稽古で俺の剣が七回飛ぶのを見届けた、あのドズさんだ。下町の詰所勤めだから、俺の身柄はまずここに運ばれたのだった。
「行列を止めました」
「そうだよ! 王家のだよ! なんでよりによってお前なんだよ!」
「花が落ちてたので」
「花あぁ?」
事情を全部話すと、ドズさんは長い長いため息をついた。
「……お前らしいっちゃ、お前らしいがな。いいか、不敬罪ってのはシャレにならん。鞭打ち五十が相場だ。悪けりゃ北の鉱山で十年。もっと悪けりゃ――」
「処罰はなし、って王子様は言ってました」
「は? そんな都合のいい話があるか」
あった。その日の夕方に。
詰所の扉が乱暴に開いて、白銀の騎士が入ってきた時、詰所の全員が跳ね上がるように敬礼した。騎士は羊皮紙を広げ、鉄格子の前で読み上げた。
「下町の民、ロイ。王族への不敬の咎、その処罰について、アルディス殿下より恩情ある御沙汰である」
ドズさんが「ほら来た、鞭打ちだ」という顔で目をつぶった。
「――十日後、中央広場において、殿下と公開の才能決闘を行うべし」
「……は?」
声を出したのは、ドズさんだった。俺も似たような顔をしていたと思う。
「才能決闘。国法に定められた、才能の使用を許される公式の決闘である。貴様が受ければ不敬の罪は不問。拒めば、罪は元のまま裁かれる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ドズさんが鉄格子越しに食ってかかった。
「才能決闘っつったら、勝った側が負けた側の才能を一つ、才牌ごと持ってける決闘だろう! 殿下は三十七、こいつは文字化けの一枚きり! 決闘もクソもあるか、公開処刑じゃねえか!」
「言葉を慎め、団長殿」
騎士は無表情のまま、しかし、ほんの一瞬だけ目を伏せた。この人も内心では同じことを思ってるんだな、と俺は思った。
「……殿下の御意向である。『席なしの魂に、席というものを教えてやる』と」
ああ、なるほど。
あの「遊べ」は、これか。
王族に逆らった文字化けを、大観衆の前で、三十七の才能で完膚なきまでに潰す。処刑よりよっぽど効く見せしめだ。ついでに王子様は「慈悲深く決闘の作法に則った」ことになる。頭のいい人の考える意地悪は、造りが丁寧で嫌になる。
「受けるか、拒むか。返答は今この場で――」
「受けます」
「……おい、ロイ!?」
「即答であるか。……後悔するぞ、下民」
「あの、一つ聞いていいですか」
俺は立ち上がって、鉄格子に近寄った。
「決闘って、途中で気絶したり、参ったって言ったりしたら負けなんですよね」
「無論だ」
「逆に言うと――立って、続けてる限りは、負けじゃないんですよね?」
騎士は、初めて俺の顔をまともに見た。
「……規定上は、そうなるな。審判が続行不能と判断するまでは」
「わかりました。じゃあ大丈夫です。続けるのだけは、得意なので」
騎士は何か言いかけて、やめて、羊皮紙を巻いた。帰り際、独り言みたいな小さな声が落ちた。
「――十日、生き延びる工夫をしろ。殿下は、本気で潰す気だ」
◇
釈放されて詰所を出ると、外はもう夜だった。
のに、通りがやけに騒がしい。
「おい聞いたか、文字化けのロイが王子様と決闘だと!」
「決闘っていうか処刑だろ」
「賭場はもう札を開いたぞ! 王子様の勝ちが一・〇一倍!」
「ロイの勝ちは?」
「三百倍! でも誰も買わねえから意味ねえよ!」
……耳が早いにも程がある。下町の噂は、俺が牢にいる間に王都を一周してきたらしい。
通りの向こうから、聞き慣れた下駄の音がした。
煙管の煙。ガルド爺だった。爺さんは俺の顔をじろりと見て、頭のてっぺんから爪先まで確かめて、それから一言だけ言った。
「……飯は食ったのか」
「まだです」
「来い。話はそれからだ」
先に立って歩き出した爺さんの背中は、いつもより少しだけ、怒っているように見えた。




