第35話 加速と出血
ヴェイルの記録は、鑑定士組合の書庫にあった。
フィナが、委嘱状を使って入った。公認鑑定士は、候補者の記録を閲覧できるらしい。
三日後、彼女は、紙束を抱えて食堂に来た。
「――九戦、全部読みました」
「早いですね」
「三日、寝てません」
「寝てください」
「寝ません」
彼女は、机に紙を広げた。
九枚。一戦につき、一枚。
「――結論から言います」
彼女は、俺を見た。
「ヴェイルは、強くありません」
◇
「――え?」
「才能の等級で言えば、中の下です」
彼女は、一枚目を指した。
「【加速】。踏み込みの速度が、およそ三倍になります。ただし、持続は一瞬。連続では使えません」
彼女は、二枚目を指した。
「【出血】。触れた相手の傷が、塞がらなくなります。ただし、傷を作る効果はありません」
「――傷は、作れない?」
「はい」
彼女は、頷いた。
「ヴェイルは、剣で斬ります。斬った傷が、【出血】で塞がらなくなる。それだけです」
◇
俺は、九枚の記録を見た。
全部、同じだった。
『第三回戦 勝者ヴェイル 敗者の戦闘不能理由:失血』
『第五回戦 勝者ヴェイル 敗者の戦闘不能理由:失血』
九枚、全部。
「――勝ち方が、全部同じですね」
「はい」
「浅く斬って、逃げて、また斬って、逃げて」
「はい」
「――相手が、血を流しきるまで」
「はい」
フィナは、頷いた。
「九戦の平均は、四十七分です」
◇
「――四十七分!?」
「はい」
「長くないですか」
「異常に長いです」
彼女は、紙をめくった。
「才能決闘の平均は、三分から五分です。……ヴェイルの試合は、十倍近くかかっています」
「なんでですか」
「――決めきれないからです」
彼女は、はっきり言った。
「【加速】は一瞬しか使えない。【出血】は傷を作れない。……つまり、ヴェイルには、決定打がありません」
彼女は、俺を見た。
「あの人は、四十七分かけて、相手が倒れるのを待つしかないんです」
◇
俺は、その言葉を、しばらく考えていた。
「――フィナさん」
「はい」
「それ、逆に言うと」
「はい」
「――四十七分、耐えれば」
「そうです」
彼女は、紙束を掲げた。
その目が、光っていた。
「ヴェイルの九戦、全部、相手は四十七分以内に諦めています」
彼女は、身を乗り出した。
「血が止まらない。斬られ続ける。決定打はないけど、削られ続ける。……普通の人間は、三十分で心が折れます」
彼女は、俺を指した。
「――ロイさんは、四十二回転んで、四十二回立ちました」
◇
俺は、自分の手のひらを見た。
「……つまり、勝ち筋は」
「一つです」
フィナは、地面に図を描いた。
「浅く斬られ続けて、耐えて、耐えて、耐えて」
彼女は、円の中心を指した。
「――一回だけ、殴る」
「一回」
「一回で足ります」
彼女は、記録の一枚を指した。
「ヴェイルは、九戦で一度も、殴られていません」
彼女は、俺を見た。
「――打たれ慣れていないんです」
◇
その夜、俺はガルド爺のところに行った。
爺さんは、店の前の椅子で、酒を飲んでいた。
「――爺さん」
「なんだ」
「立ち上がる練習、いつからやりますか」
「明日からだ」
「今からやりましょう」
爺さんは、酒を持つ手を止めた。
「――今からか」
「三か月しかないんで」
「――膝、擦り剥けとるだろ」
「擦り剥けてます」
「――バカが」
爺さんは、そう言って、笑った。
立ち上がった。
「――上等だ」
◇
俺は、その夜、二百回転んだ。
立ち上がりの時間は、五秒から、四秒八になった。
〇・二秒。
三時間で、〇・二秒。
「――遅いな」
「遅いです」
「三か月で、二秒になるか」
「――なります」
俺は、地面に手をついた。
「なりますよ」
俺は、立ち上がった。
二百一回目だった。




