第34話 ガルド爺の忠告
ガルド爺は、下町の外れで、鍛冶屋をやっている。
やっている、というのは正確じゃない。もう十年、何も打っていない。
炉には火が入っておらず、店先には錆びた農具が並んでいて、爺さんは一日中、店の前の椅子に座って、通りを眺めている。
俺が皿を割るたびに、この人は笑う。
「――百才会戦だと?」
俺が話すと、爺さんは、椅子から身を起こした。
初めて、この人の背中がまっすぐになるのを見た。
「本当か、坊主」
「本当です」
「――誰から聞いた」
「白い人が来ました。顔の見えない」
ガルド爺の顔から、血の気が引いた。
「……使者か」
◇
爺さんは、店の奥に入って、しばらく戻ってこなかった。
戻ってきた時、手に、酒瓶を持っていた。
昼間から飲む人じゃない。
「――坊主」
「はい」
「会戦に出た平民は、百年で二人しかおらん」
爺さんは、椅子に座り直した。
「そのうち、帰ってきたのは、一人だ」
俺は、フィナと顔を見合わせた。
「……もう一人は」
「帰ってこなんだ」
爺さんは、酒を一口飲んだ。
「才牌を取られて、才能なしになって、それでも生きて帰ったのが一人。……もう一人は、記録がない」
「――死んだんですか」
「わからん」
爺さんは、そう言った。
「わからんのだ。……名前も、顔も、誰も覚えとらん」
◇
フィナが、身を乗り出した。
「――ガルドさん。なぜ、そんなに詳しいんですか」
「昔、調べたことがある」
「なぜ」
「――理由は言わん」
爺さんは、あっさり断った。
「言わんが、一つだけ教えてやる」
彼は、俺を見た。
「会戦の候補百人はな、坊主。全員が、才能で選ばれとるわけじゃない」
「――え?」
「席次を見ろ。お前は百番だ。八十七番のヴェイルは、九戦九勝だそうだな」
「はい」
「――九戦九勝で、八十七番だぞ」
◇
俺は、その意味を、飲み込むのに時間がかかった。
「……上の連中は」
「化け物だ」
爺さんは、あっさり言った。
「一桁台は、たぶん、国が動く。三番手あたりで、軍がまるごと相手にならん。……そういう連中の集まりだ」
彼は、酒瓶を置いた。
「そこに、才牌一枚の下町の小僧が放り込まれる」
「――なんでですか」
「知らん」
爺さんは、首を振った。
「ただ、百年に一度、必ず一人か二人、そういうのが混じっとる」
彼は、俺を見た。
「――お前みたいなのが、な」
◇
俺は、しばらく黙っていた。
「――ガルドさん」
「なんだ」
「俺、勝てますか」
「勝てんな」
即答だった。
「――即答」
「即答だ」
爺さんは、鼻を鳴らした。
「才牌一枚で、九戦九勝に勝つ方法は、俺は知らん」
彼は、酒を飲み干した。
「――だが」
彼は、立ち上がった。
店の奥に入って、また戻ってきた。
手に、木の棒を持っていた。剣の形をした、ただの棒だ。
「勝てんことと、負けることは、別だ」
彼は、その棒を、俺に投げた。
「――鍛えてやる」
◇
「え」
「聞こえんかったか」
「いや、聞こえましたけど」
俺は、棒を持ったまま、固まった。
「――ガルドさん、鍛冶屋ですよね」
「そうだ」
「剣、教えられるんですか」
「教えられん」
「教えられないんですか!?」
「剣は教えられん」
爺さんは、椅子に座った。
「――俺が教えるのは、立ち方だ」
◇
「立ち方」
「そうだ」
彼は、俺を指した。
「坊主。お前の才能は、倒れても続けられることだろう」
「はい」
「なら、大事なのは、倒れんことじゃない」
彼は、指を一本立てた。
「――倒れてから、何秒で立てるかだ」
俺は、その言葉を、頭の中で繰り返した。
「今のお前は、五秒かかる」
爺さんは、言った。
「二秒にしろ。……三秒縮めば、九戦九勝相手でも、殴れる回数が三倍になる」
◇
フィナが、猛烈な勢いでペンを走らせていた。
「――ガルドさん、それ、仕様書に書いていいですか」
「好きにしろ」
「立ち上がり時間の短縮……回転数の増加……」
彼女は、ぶつぶつ言いながら書いていた。
「――ロイさん」
「はい」
「これ、勝ち筋です」
彼女は、顔を上げた。
目が、光っていた。
「ヴェイルは、九戦九勝です。全部、相手の失血による戦闘不能」
彼女は、紙束を掲げた。
「――つまり、あの人は、相手を倒しきったことが一度もないんです」




