第33話 仕様書・第一巻
フィナの解析は、地味だった。
三日間、俺は、広場で同じことをやらされ続けた。
「――もう一回、転んでください」
「何回目ですか」
「四十二回目です」
「膝、擦り剥けてるんですけど」
「【諦めない】の検証です」
彼女は、紙束にペンを走らせた。
「四十二回転んで、四十二回立ちました。……疲労の蓄積はありますが、立ち上がる意思の減衰がありません」
「意思の減衰」
「はい」
彼女は、顔を上げた。
「普通の人は、二十回目くらいで『もういいや』と思います。三十回目で、本気で嫌になります。……ロイさんは、四十二回目で、まだ嫌になっていません」
「嫌ですよ」
「嫌ですが、立ちます」
「――そりゃ、フィナさんが立てって言うから」
「それです」
◇
彼女は、ペンで俺を指した。
「今、『フィナさんが言うから』と言いましたね」
「言いました」
「三十七回目の時、私は『休みますか』と聞きました」
「聞かれました」
「ロイさんは『あと少しで何かわかりそう』と言いました」
彼女は、紙をめくった。
「――自分の意思では、やめられているんです」
「え?」
「私が『やめていい』と言った時、ロイさんは自分で『続ける』と決めました。……つまり、【諦めない】は、勝手に体を動かす才能ではありません」
彼女は、まっすぐ俺を見た。
「――諦めたくない時に、諦められる体力を、余分にくれる才能です」
◇
俺は、地面に座り込んだ。
「……つまり」
「はい」
「諦めたいと思ったら、諦められるってことですか」
「はい」
「――弱くないですか、それ」
「弱いです」
フィナは、あっさり言った。
「ですが、制御できるということです」
彼女は、紙束を掲げた。
「暴走しません。勝手に動きません。……ロイさんが『まだやる』と決めた分だけ、体が動きます」
彼女は、少し、声を落とした。
「――逆に言うと」
「言うと?」
「ロイさんが『もういい』と思った瞬間、この才能は、何もしてくれません」
◇
その夜、俺は食堂の裏で、皿を洗っていた。
フィナが、勝手口に座って、紙束をまとめていた。
「――第一巻、できました」
彼女は、紙束を綴じたものを掲げた。
表紙に、こう書いてあった。
『ロイ・仕様書 第一巻』
「……仰々しいですね」
「仕様書です」
「中身、何ページですか」
「十四ページです」
「少なくないですか」
「――少ないです」
彼女は、少しだけ、悔しそうに言った。
「三十七分の一も、埋まっていません」
◇
「三十七?」
俺は、皿を拭く手を止めた。
「なんで三十七なんですか」
「アルディス王子の才牌が、三十七枚だったからです」
彼女は、あっさり言った。
「王族の後継者の平均が、三十から四十枚。……つまり、それが『ちゃんとした才能持ち』の基準です」
彼女は、紙束を見た。
「ロイさんは、一枚です」
「――一枚」
「厳密には、一枚の中に、五つの升目があります」
彼女は、指を五本立てた。
「一つ目が【諦めない】。残り四つが、塗り潰し」
「じゃあ、五枚分ってことですか」
「――わかりません」
彼女は、正直に言った。
「五つの升目が、五つの才能なのか、一つの才能の五段階なのか。……記録に、前例がありません」
◇
俺は、才牌を出した。
胸元から引っ張り出して、月明かりにかざした。
――一つ目の升目に、【諦めない】。
その下に、四つの、真っ黒な升目。
「フィナさん」
「はい」
「これ、ほどける条件、わかりました?」
「――仮説なら」
彼女は、紙束をめくった。
「三つあります」
彼女は、指を立てた。
「一つ。勝つこと。……これは、否定されました。ロイさんは、王子に勝つ前にも、何百回も『もう一回』と言っています」
「はい」
「二つ。限界を超えること。……これも、たぶん違います。ロイさんは、毎日限界を超えてます」
「毎日?」
「皿を割って、怒られて、それでも次の日また行くのは、限界を超えることです」
「――地味な限界ですね」
「地味ですが、限界です」
◇
「三つ目」
彼女は、少し、声を落とした。
「――誰かが、見ていることです」
俺は、顔を上げた。
「あの日、広場には、人がいました」
彼女は、言った。
「五百人はいたと思います。全員、ロイさんが負けるのを見に来ていました」
「――笑いに、ですけどね」
「はい」
彼女は、頷いた。
「笑われながら、ロイさんは、二十七回倒れて、二十八回立ちました」
彼女は、俺を見た。
「――五百人の前で」




