第32話 百年に一度
翌日、フィナが講義を始めた。
場所は、下町の広場だった。三日前、俺が王子と決闘した場所。
彼女は、地面に木の枝で図を描いた。
「――百才会戦とは、なんですか」
「知らないから聞いてるんですよ」
「講義形式です。復唱してください」
「はい」
この人は、鑑定士の見習いで、真面目で、こういう時に妙に先生になる。
「百才会戦は、百年に一度、開催されます」
彼女は、地面に大きな円を描いた。
「百人の才能持ちが集まり、才能を賭けて競います。優勝者には、神々の才牌が与えられます」
「神々の」
「はい。……ただし、それが何なのかは、記録に残っていません」
「残ってないんですか!?」
「はい」
彼女は、あっさり言った。
「百年前の優勝者が、誰だったのかも、わかっていません」
◇
「――おかしくないですか」
俺は、言った。
「百年前の大会ですよ。記録くらい」
「あります。開催された記録は」
彼女は、紙束をめくった。
「開催地、参加人数、期間。……全部あります。ただ、優勝者の欄だけが、空白です」
「――空白」
「はい」
彼女は、俺を見た。
「二百年前も、三百年前も、同じです。十回分の記録が残っていて、優勝者の欄は、十回とも空白です」
◇
俺は、地面の円を見た。
「……気味が悪いですね」
「はい」
「フィナさん、それでも出るんですか、俺」
「断れば才牌を摘出されます」
「三割死にますもんね」
「三割です」
彼女は、真顔で頷いた。
「――それに」
「それに?」
「私も、呼ばれました」
俺は、顔を上げた。
「――昨日の白い人、言ってましたよね。『あなたも、後日、別途ご案内があります』って」
「はい」
「――来たんですか」
「今朝、来ました」
彼女は、鞄から一枚の紙を出した。
石の板ではなく、普通の紙だった。
『百才会戦 公認鑑定士 委嘱状 フィナ・オルセン』
◇
「――鑑定士?」
「はい」
「見習いですよね」
「見習いです」
「じゃあ、なんで」
「――【看破】を持っているからです」
彼女は、紙をしまった。
「会戦には、才能の真贋を見る者が必要です。塗り潰された才牌、偽装された銘、借りものの才能。……そういうものを見抜く役です」
「――前に、俺の才牌を見抜きましたよね」
「はい」
彼女は、少しだけ、顎を上げた。
「――あれで、目をつけられました」
◇
「じゃあ、フィナさんも会戦に」
「行きます」
「危なくないですか」
「危ないです」
「――断らないんですか」
「断りません」
彼女は、即答した。
「――なんでですか」
フィナは、地面の円を、木の枝でつついた。
「私、半人前なんです」
彼女は、言った。
「鑑定士の家系に生まれて、【看破】をもらって、でも、才能の等級が低くて。……見習いのまま、三年です」
彼女は、枝を折った。
「街のみんなは、私のことを『あの、半人前の鑑定士』って呼びます」
◇
俺は、その横顔を見ていた。
「――ロイさん、私、あの決闘の日」
彼女は、言った。
「あなたの才牌の、塗り潰しを見抜きました」
「はい。助かりました」
「あれ、三年で初めて、誰かの役に立ったんです」
彼女は、顔を上げた。
目が、赤かった。
「三年、誰にも必要とされてなかった半人前が、あの日、初めて」
彼女は、そこで、言葉を切った。
「――だから、断りません」
◇
俺は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
「――フィナさん」
「はい」
「一つ、頼んでいいですか」
「なんですか」
「――俺の専属になってくれませんか」
フィナが、固まった。
「え」
「会戦の間だけでいいです」
俺は、胸元の才牌を出した。
「俺、自分の才能が何なのか、わかってないです。五つの升目があって、一つしか見えてなくて、それが何をするのかも、よくわからない」
俺は、彼女を見た。
「――誰かに、解析してもらわないと、戦えないです」
◇
フィナは、口を開けたまま、俺を見ていた。
それから、みるみる、耳が赤くなった。
「――い、いいんですか、私で」
「フィナさんが、いいです」
「半人前ですよ」
「俺、無才ですよ」
「――そうでした」
彼女は、笑った。
それから、紙束を、ぎゅっと抱えた。
「――お受けします」
彼女は、深く頭を下げた。
「フィナ・オルセン、本日より、ロイさんの専属鑑定士になります」
◇
彼女は、顔を上げて、こう続けた。
「――それで、さっそくなんですけど」
「はい」
「私、あなたの才能の仕様書を、作ります」
「仕様書」
「はい」
彼女は、紙束をめくった。
「才能は、仕様です」
彼女は、はっきり言った。
「――仕様には、穴があります」




