第31話 断れます
「……回収」
俺は、その言葉を、口の中で転がした。
「具体的に、どうやって」
「才牌の摘出です」
白装束は、あっさり言った。
「胸から、直接」
フィナの手が、俺の袖を、ぎゅっと握った。
「死にますか、それ」
「三割ほどは」
「三割!?」
「残り七割の方は、才能を持たない者としてお暮らしになります」
白装束は、名簿を懐に戻した。
「才能のない人生も、悪いものではないと聞きます」
「――聞きます、って」
俺は、思わず言った。
「あんた、才能あるんですか」
白装束は、答えなかった。
顔を覆う布は、動かなかった。
「――ご案内を、続けてよろしいですか」
◇
「百才会戦は、三か月後です」
白装束は、通りの真ん中で、淡々と続けた。
「開催地は、追ってお知らせします。それまでに、候補者は予選を通過する必要があります」
「予選」
「はい。候補百人のうち、本戦に出られるのは、五十人です」
俺は、指を折った。
「半分、落ちるんですか」
「はい」
「落ちたら」
「――才牌を、失います」
白装束は、言った。
「予選の敗者は、勝者に才能を明け渡します。それが、会戦の規則です」
フィナが、息を呑んだ。
「――待ってください。それって」
「はい」
「ロイさんが負けたら、【諦めない】が」
「他の方のものになります」
◇
俺は、胸元の才牌に触れた。
黒く塗り潰された、四つの升目。
その上の、一つ目。
【諦めない】。
――たった一つの、俺の才能。
力は出ない。速くもならない。剣は飛ぶし、皿は割る。
できるようになったことは、一つもない。
ただ、倒れても、続けられる。
「――誰と、やるんですか」
「予選の相手は、席次で決まります」
白装束は、言った。
「百番の相手は、八十七番です」
「――名前は」
「ヴェイル」
白装束は、深く頭を下げた。
「才牌二。銘、【加速】と【出血】。……九戦九勝」
◇
白装束が去ったあと、通りは、しばらく静かだった。
それから、ざわめきが戻った。
――今度は、俺を避けるざわめきじゃなかった。
「ロイ! 今の、なんだったんだ!」
「百才会戦って言ったか!?」
「うちの通りから会戦の候補者かよ!」
人が、寄ってきた。
三日前まで、俺のことを「無才のロイ」と呼んで笑っていた人たちが。
◇
「――ロイ、飲みに来いよ! 奢るぞ!」
「俺、未成年です」
「じゃあ果実水だ!」
「あんた、こないだ俺に『皿割るしか能がねえ』って言いましたよね」
「言ったか? 言ってねえよ」
「言いました」
「気のせいだ!」
――気のせいらしい。
俺は、笑うしかなかった。
◇
人の輪を抜けたところで、フィナが言った。
「――ロイさん」
「はい」
「あの人たち、都合がよすぎませんか」
「そうですね」
「腹、立ちませんか」
「立ちますよ」
俺は、正直に言った。
「でも、三日前まで、俺のことを『いる』と思ってなかった人が、今は『いる』と思ってる」
俺は、通りを振り返った。
「――それは、たぶん、進歩です」
フィナは、しばらく黙っていた。
それから、紙束を、ぎゅっと抱えた。
「――ロイさん、そういうところですよ」
「え?」
「なんでもないです」
◇
その日の夕方、俺はマーサおばさんの食堂に行った。
いつも通り、裏口から。
「――おや、来たね」
おばさんは、鍋をかき混ぜながら言った。
「今日は、皿は割ってないね」
「まだ働いてないので」
「じゃあ、これから割るんだね」
「割りません」
俺は、エプロンを取った。
「おばさん」
「なんだい」
「――三か月後、たぶん、いなくなります」
鍋をかき混ぜる手が、止まった。
「百才会戦、っていうのに、出ることになりました」
おばさんは、しばらく、鍋を見ていた。
それから、こう言った。
「――皿、割っていきな」
「え?」
「割っていきな」
おばさんは、棚から一枚、皿を出した。
欠けた、古いやつだった。
「三か月後にいなくなるなら、今のうちに、たくさん割っときな」
◇
俺は、その皿を、受け取った。
「……割りませんよ」
「割るだろ」
「割りません」
「あんた、三日連続で割らなかった次の日に、必ず割るんだよ」
「――統計ですか」
「五年分だよ」
おばさんは、笑った。
「五年、あんたを見てきたんだ。……あたしが一番、あんたの才能に詳しいよ」




