第28話 三日後の下町
三日、寝込んだ。
起きたら、街が変わっていた。
◇
まず、賭け元が潰れていた。
王子の勝ちに王都中の銅貨が積まれていたのだから、当然といえば当然だ。唯一の的中者であるフィナに金貨五枚を払った時点で、あの店の金庫は空になったらしい。
「潰れちゃいました」
フィナは、金貨五枚を布に包んで持ってきて、そう言った。
「これ、たぶん、王都で一番後味の悪い金貨です」
「じゃあ、半分ください」
「え」
「半分あれば後味も半分です」
「そういう計算じゃないです!」
結局、その金貨は、三枚が東門の花売りの婆ちゃんの新しい荷車になり、一枚が孤児院の屋根の修理になり、残りの一枚で、俺とフィナはマーサおばさんの食堂で、いちばん高い肉を食べた。
肉は、うまかった。
皿は、割らなかった。
◇
次に、朝稽古が変わっていた。
自警団の広場に行くと、俺の列だけ、妙に人が並んでいた。
「……ドズさん。これ、なんですか」
「知らん。勝手に集まってきやがった」
ドズさんは苦い顔で言った。
「お前の『転び方』を習いたいんだと。……俺の剣術指南より人気があるんだが、これは何かの間違いだと思わんか」
「思います」
その日、俺の剣は八回飛んだ。
誰も笑わなかった。かわりに、剣を拾いに行く人間が七人増えた。
やりにくかった。
◇
ピノは、あれから、何かにつけて「もう一回」と言うようになった。
パンを落としても、もう一回。喧嘩に負けても、もう一回。字を間違えても、もう一回。
孤児院の院長先生に「うるさい」と怒られていた。
俺のせいだった。
「ロイ兄、これ、いつまで言えばいいの?」
「そうだな……」
俺は、しばらく考えて答えた。
「うまくいくまで」
「いつまで?」
「うまくいくまで」
「そればっかじゃん!」
ピノは笑った。
俺も笑った。
笑ったら、肋骨がまだ痛かった。
◇
そして、噂は、街を出た。
三日目には隣町に届き、五日目には街道の宿場町に届き、七日目には、国境を越えたという話が入ってきた。
『三十七の王子を破った、才牌一枚の少年』
『才能を、喰う才能』
後者の噂の広まり方が、異常に速かった。
誰が言い出したのかもわからない。俺が【値切り】を喰わせたのを見ていたのは、広場の連中だけのはずだ。
でも、噂は、走った。
まるで――待っていた誰かがいたみたいに。
◇
「爺さん」
俺は、ガルド爺の雑貨屋のカウンターに座って、聞いた。
「才能が才能を喰うって、聞いたことありますか」
爺さんは、煙管をふかしていた。
しばらく、答えなかった。
「……あるぞ」
「あるんですか!?」
「昔話でな」
爺さんは、煙を吐いた。
「才牌の文字ってのはな、坊主。全部『名前』だ。【火焔】は火の名前、【剣聖】は剣の名前。名前ってのは、世界に対する言い張りだ。『これはこうである』という宣言だな」
「はい」
「で、ごく稀に、名前が強すぎる牌が生まれる。他の名前を、名前ごと飲み込んじまうくらいに強い名前がな」
爺さんは、俺の胸元を、煙管の先で指した。
「そういうのを、昔は『概念』と呼んだ」
「がいねん」
「意味はわからんでいい。覚えとけ。……そんで、そういう牌が出ると、必ず、拾いに来る奴らがいる」
「……拾いに?」
「そうだ」
爺さんは、煙管を灰皿に打ちつけた。
こん、と乾いた音がした。
「坊主。ここ数日、街に見ない顔が増えとる。気づいとるか」
◇
気づいていなかった。
言われて、店の窓から通りを見た。
――いた。
通りの向かいの軒下に、旅装の男が二人。こちらを見ていない。見ていないふりが、あまりに上手すぎた。
その先の角に、行商人らしき女。荷を広げているのに、一度も客を呼んでいない。
「……いつからです」
「決闘の翌日からだ」
爺さんは言った。
「坊主。よく聞け。お前は三日前、王子に勝ったんじゃない」
煙が、天井へ細く上がっていった。
「――見つかったんだ」




