↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無才の俺の文字化け才能は、勝つたびに名前が変わる ~【諦めない】から始まる、天才百人喰いの成り上がり~  作者: 燈野いさり
第1章 文字化けの一文字目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/100

第27話 一文字目

 黒が、剥がれていく。


 塗り潰されていた五つの升目の、一番左。


 その黒が、内側から押し返されるみたいに、ぼろぼろと崩れて、松明の火に散った。


 下から出てきたのは、金色だった。


「――【諦】」


 誰かが、読んだ。


   ◇


 二画目。三画目。


 黒が剥がれるたびに、金の線が増えていく。


 俺は、自分の胸元を見下ろしていた。


 見下ろしながら、なぜか、朝稽古のことを思い出していた。


 剣が七回飛んだ日のことだ。ドズさんが「お前の剣はお前に愛想を尽かしてる」と言って、俺が「じゃあ機嫌を取ります」と言って、八回目に飛ばした日のこと。


 誰も見ていなかった、あの朝のことを。


「【諦め】……」


 フィナの声が、震えていた。


 彼女は、鑑定士の道具も出さずに、素の目でそれを見ていた。


 見習いの【看破】が、初めて、はっきりと何かを捉えた顔だった。


「【諦めない】」


   ◇


 五文字が、揃った。


 【諦めない】


 金の文字が、石の上で光っていた。


 広場は、無音だった。


 誰も、何も言わなかった。


 言えなかったんだと思う。


 だって、才能の名前じゃない。


 【火焔】でも【剣聖】でも【俊足】でもない。何かができる名前じゃない。


 それは――ただの、態度の名前だった。


   ◇


「……なんですか、これ」


 俺は、間抜けな声を出した。


「これ、才能ですか?」


「才能です」


 フィナが、掠れた声で言った。


「才牌に、金の文字が刻まれています。……これは、才能です。間違いなく」


「でも、何ができるんですか、これ」


「……わかりません」


 彼女は、正直に言った。


「わかりませんけど。……ロイさん、これ、ずっとあったんです」


 彼女は、俺の胸元を指した。


「壊れてたんじゃない。塗り潰されてたんです。……何かが、上から黒く塗って、隠してたんです。十五年、ずっと」


「誰が」


「わかりません。でも」


 フィナは、金の五文字を見つめた。


「今日、一文字目だけが、ほどけた」


   ◇


 審判の神官が、我に返ったように、声を張り上げた。


「――規定第二条の履行を行います! 敗者の才牌より、一枚!」


 王子の帯が、舞台に運ばれてきた。


 三十七枚。今は、そのほとんどが灰色だ。


 俺は、選ぶ気になれなかった。


 あの人が集めた三十七枚だ。名前の代わりに背負ってきた三十七枚だ。そこから一枚もぎ取るというのが、どうにも、しっくり来なかった。


「……一番、安いのでいいです」


 俺は言った。


「一番安いのって、どれですか」


 神官は目を白黒させて、帯を確かめ、そして戸惑ったように一枚を持ち上げた。


「……【値切り】。市場での交渉が、わずかに有利になるという、その」


「それでいいです」


 広場が、どよめいた。「馬鹿か!」という声が三箇所から上がった。マーサおばさんの声も混じっていた。


   ◇


 【値切り】の才牌が、俺の手に置かれた。


 置かれた瞬間だった。


 俺の胸元の【諦めない】が、ひときわ強く光った。


 そして。


 手の上の【値切り】が――


   ◇


 音もなく、消えた。


   ◇


 溶けたんじゃない。砕けたんじゃない。


 吸い込まれた。


 俺の【諦めない】の、金の文字の中へ。


 文字が、ほんのわずかに、太くなった気がした。


「……え」


 俺は、空になった掌を見た。


「え、ちょっと、なくなったんですけど」


「――喰った」


 フィナが言った。


 彼女の顔から、血の気が引いていた。


「今、【諦めない】が……【値切り】を、喰いました」


   ◇


 広場が、ざわめいた。


 ざわめきは、悲鳴に近かった。


 才能が才能を喰う。そんな話は、王国のどこにも記録がない。


 神官が震える手で書板に何かを書き付けている。側近らしき男が人垣を割って走り出した。誰かが「これは報告せねば」と叫んでいた。


 その騒ぎの真ん中で、俺は、自分の胸元を見ていた。


 【諦めない】。


 残りの四つの升目は、まだ黒い。


 ――一文字目。


 ということは。


 二文字目が、あるということだ。


   ◇


「……フィナさん」


「はい」


「これ、たぶん、まだ四つあります」


「……はい」


「四つ、ほどくには、どうしたらいいと思います?」


 フィナは、しばらく黙っていた。


 それから、散らばった解析の紙を一枚拾って、埃を払って、言った。


「……たぶん、今日と同じことを、あと四回です」


「四回」


「はい。四回」


 俺は、星空を見上げた。


 全身が痛い。指が折れている。眉毛がない。明日はきっと動けない。


 それでも、口から出たのは、いつもの五文字だった。


「――もう一回、か」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。