第21話 継ぎ目のない剣
それは、正しい判断だった。
悔しいくらいに。
俺たちの作戦は「継ぎ目を待つ」だ。継ぎ目は、切り替えの瞬間にしか生まれない。
切り替えなければ、継ぎ目はない。
王子は、たった一度転んだだけで、俺たちの二週間ぶんの解析を、無効にしてみせた。
「――【剣聖】」
白い手に、光の刃が生まれた。
◇
最初の一振りで、俺の左肩が裂けた。
二振り目で、舞台の石畳が割れた。
三振り目は、避けた。避けたというより、勝手に転んだ。
【剣聖】一枚。近衛騎士団の剣術指南が子ども扱いされた才能。
それが、切り替えもせず、迷いもせず、ただ振られ続ける。
継ぎ目が、来ない。
◇
俺は転がった。
転がって、立って、転がって、立った。
「さんじゅうきゅう!」
「よんじゅう!」
ピノの声は、もう泣き声になっていた。
数える声は、広場のあちこちから聞こえていた。さっきまでの熱気じゃない。もっと切実な、祈るような数え方だった。
誰も「勝て」とは言わなかった。
みんな、ただ、数えていた。
◇
四十三回目に立った時、俺は、片膝が上がらなくなった。
ここまでか、と思った。
思った瞬間に、頭のやさしい声が、また出てくる。今度はもっと丁寧だった。よくやった、と言ってきた。
うるさい。
「――もう一回」
立った。
立ったが、ふらついた。
【剣聖】の刃が、俺の首を狙って走った。
――死ぬ。
そう思った時。
「殿下!! 規定第三条!!」
フィナの声が、広場を裂いた。
「『命を奪うことは禁じられる』!! 今のは首でした!! 審判!! 審判は何を見てるんですか!!」
刃が、止まった。
俺の喉の、指二本ぶん手前で。
◇
審判の神官が、慌てて何か言った。
王子は、刃を下げた。
下げた時、彼の腕が、かすかに震えていた。
「……失礼した」
王子は、俺にではなく、フィナの方を見て言った。
「見習い鑑定士か。よく見ている」
「は、はい! ……あの、いえ、あの、恐れながら!」
フィナは真っ赤な顔で、それでも柵にしがみついたまま叫んだ。
「ロイさんは、まだ、続行可能です! 続行不能の判定は、審判が下すものです! 殿下が下すものではありません!」
「――知っている」
王子は言った。
「知っているから、困っている」
◇
王子の呼吸は、俺よりも荒かった。
【剣聖】は強い。強すぎる。だから、燃費が悪い。
フィナの解析では、【剣聖】は王子の才能の中で二番目に魔力を食う。それを、切り替えもせずに、延々と使い続けている。
――減ってる。
帯を見た。
三十七枚のうち、光を失って、ただの石になっているものが、ある。
一枚。三枚。……七枚。
枯れた才牌は、灰色になる。
俺は、口の端が上がるのを止められなかった。
「……殿下」
「なんだ」
「その帯、重くないですか」
王子の眉が、動いた。
「……何が言いたい」
「灰色のやつ、七枚あります。それ、もう使えないやつですよね。使えないのに、ぶら下げたままだと、重いだけです」
俺は、息を吸って、続けた。
「捨てたら、楽になりますよ」
◇
王子は、答えなかった。
答えずに、【剣聖】を振った。
その一振りは、今までで一番速くて、一番、雑だった。
俺は転んで、避けた。
――怒った。
いい。怒っていい。怒ってる人間の剣は、真っ直ぐ来る。真っ直ぐ来る剣は、下町で毎日避けてきた。酔っ払いも、荷馬車も、ドズさんの拳骨も、みんな真っ直ぐ来る。
振り抜いた王子の、体が伸びきった。
【剣聖】は「剣を振れば当たる」という決まり事だ。
当たるまで、振り続ける決まり事だ。
――ガルド爺の声。
『決まり事ってのはな、書いた瞬間に必ず「書いてないこと」が生まれる』
剣を振れば当たる。
じゃあ。
振り終わった後は、どうなる?
◇
俺は、伸びきった腕の内側へ、転がり込んだ。
王子の懐。刃の届かない、剣の一番根本。
顔が、近かった。
汗と、砂と、荒い息。
三十七の王子の顔じゃなかった。ただの、十七歳の男の顔だった。
「――!」
俺は、額をぶつけた。
技じゃない。下町の喧嘩だ。ドズさんに「それだけはやめろ」と言われている、一番みっともないやつ。
鈍い音がして、二人とも仰向けに倒れた。
目の前が、白と黒でちかちかした。
◇
石畳に転がったまま、俺は聞いた。
王子の帯が、もう一枚、光を失う音を。
じゃら、と鳴って、灰色になった。
八枚目。
俺は、笑った。
笑いながら、肘をついた。
斜めに、半歩前へ。
「……もう一回」
「よんじゅう、よん!」




