第13話 しのぎ方の十五年
「――嫌だね」
ガルド爺の返事は、俺が頼み終わる前に飛んできた。
「まだ最後まで言ってません」
「言われんでもわかる。『才能なしの体の使い方を教えてくれ』だろ。断る。俺は雑貨屋だ。教えるのは釣り銭の数え方までだ」
「そこを、もう一回――」
「断ると言ったら断る」
取り付く島もなかった。でも、俺は知っている。爺さんの「断る」には二種類ある。本気のやつと、こっちを試してるやつだ。見分け方は簡単で、本気のときの爺さんは、こっちの目を見ない。
今、爺さんは、俺の目をじっと見ていた。
「……じゃあ、明日もう一回来ます」
「来るな」
「明後日も来ます」
「来るなっつってんだろ」
「決闘の前の日まで、毎日来ます。断られても、頼むのをやめる理由にはならないので」
爺さんは、盛大に舌打ちした。それから、煙管の先を俺に突きつけた。
「……前夜だ」
「え?」
「決闘の前の晩、店を閉めたら来い。教えるのは一晩だけ、中身は俺が決める。文句は聞かん。それまでお前は――走れ」
「走る?」
「朝と晩、下町の外周を、足がもつれるまでだ。それと、マーサんとこの水瓶を毎日満杯にしろ。井戸から桶でな。以上だ。ほれ、仕事に戻れ!」
追い払われて店の裏に出てから、じわじわ気がついた。
走り込みと、水汲み。要するに、足腰と、打たれても折れない体幹。一晩の特訓とやらの前に、器のほうを作っておけってことだ。
「……素直じゃないなあ、爺さん」
俺は笑って、その日から走り始めた。
◇
決闘まで、あと四日。
朝晩の走り込みは、初日から酷いものだった。下町の外周は一周で足がもつれ、二周目の途中で犬に追い抜かれた。荷馬車のおっちゃんたちが「おーい文字化け! 決闘より先に犬と決闘しろ!」と笑う。
「もう一回!」
三周目。転んだ。立った。走った。
水汲みは水汲みで、桶を三回ひっくり返して、マーサおばさんに「あんたは水まで割るのかい!」と叱られた。水は割れないと思う。多分。
午後は、鑑定所で作戦会議だ。
「ロイさん、今日は『しのぎ方』の棚卸しをします」
フィナは紙とペンを構えていた。
「棚卸し?」
「あなたの十五年の生き延び術を、全部言語化して、王子の三つの才能にぶつけて図上演習するんです。はい、まず【火焔】。火が来ます。どうします?」
「風上に回って、低くなって、石壁の陰。火は上に膨らむので、足元は一瞬遅れます」
「……即答。なんで知ってるんですか」
「十二の時、パン屋の竈の火事の火消しを手伝ったので。眉毛が全部なくなりました」
「【氷結】。足元が凍ります」
「凍った石畳は真ん中じゃなくて端を歩きます。霜柱の立つ端のほうが滑らないので。冬の水汲みで毎年」
「【剛力】の一撃が掠りました」
「掠った方向に自分から転びます。踏ん張ると骨にきますけど、転がれば逃げます。……転び方には自信があります。回数だけなら王都一なので」
フィナのペンが、どんどん走る。走りながら、彼女は途中で何度も手を止めて、俺の顔を見た。
「……ロイさん。これ、全部実体験なんですよね」
「はい。全部、何かをダメにした日の話です」
「……私、わかってきました。あなたの十五年って、失敗の記録じゃなくて」
フィナは、書き上がった紙の束をぽんと叩いた。
「――生存の記録です。これ、立派な『仕様書』ですよ。【ロイのしのぎ方】全三十八項。……あ、王子より一個多い」
「え、ほんとですか」
「ほんとです。今、数えました」
俺たちは顔を見合わせて、ちょっと笑った。三十八対三十七。中身の重さは比べ物にならないけど、数だけなら、生まれて初めて誰かに勝った。
◇
決闘まで、あと三日。
その日の夕方、走り込みから戻った俺を、下町の空気が変わって迎えた。
誰も、笑っていなかった。
「ロイ……お前、あれ聞いたか」
ドズさんが、詰所の前で難しい顔をしていた。
「明日、中央広場で王子様の『公開調練』があるとよ。決闘の会場で、決闘の前々日に、わざわざ公開でだ。……趣旨はわかるな?」
「……見せつけ、ですか」
「街中に『結果』を予習させる気だ。……見ない方がいい、とは言わん。だがな」
ドズさんは、俺の肩に手を置いた。
「見るなら、覚悟して見ろ」




