第10話 三十七の仕様書
決闘まで、あと七日。
オルセン鑑定所の奥の資料室が、俺たちの作戦室になった。
壁一面に、フィナが書き出した三十七枚の紙。一枚につき、才能が一つ。名前、公開されている効果、過去の披露式典や御前試合で確認された使われ方。
「まず、敵を知るところからです。アルディス殿下の三十七、ざっくり分けると四種類」
フィナは黒板代わりの板に、チョークで書いた。
「一つ、攻撃系。【剣聖】【火焔】【雷鳴】【氷結】【剛力】あたり。二つ、防御系。【鉄壁】【治癒】【危険感知】。三つ、強化系。【俊足】【千里眼】【怪力乱心】……じゃなくて【心身剛健】。四つ、その他もろもろ。【威圧】とか【魅了】とか、社交向けのやつ」
「もろもろでも、下町なら一個で英雄ですよ」
「そうなんですよねえ……」
二人でうなだれた。うなだれてから、フィナは頬を両手で叩いた。
「めげない! 記録を読みます。過去の御前試合、アルディス殿下の出場は三回。全部圧勝。相手は近衛の騎士とか、留学中の隣国の貴族とか」
「その記録から、何がわかるんです?」
「『実際に、どう使ったか』です。仕様書の字面じゃなくて、運用。ロイさん、皿洗いで言うなら、道具棚に洗剤が三十七種類あるのと、実際に手に取って使うのは別の話でしょう?」
「なるほど。わかりやすい」
「今の例え、我ながら天才かと思いました」
俺たちは記録を読み始めた。
読んで、写して、突き合わせる。フィナは記録の行間から才能名を拾い上げ、俺は言われた通りに紙へ書き写していく。字が下手なので、二回書き直した。三回のときもあった。もう一回、もう一回だ。
「……ロイさん、その紙、何回書き直してるんですか」
「綺麗に書けるまでです。参謀が読めなかったら意味ないので」
「几帳面なんだか不器用なんだか……」
「両方です」
夜が更ける。マーサおばさんが差し入れてくれたパンをかじりながら、俺は壁の三十七枚を眺めた。
眺めているうちに、妙なことに気がついた。
「……フィナさん。御前試合の記録って、三回とも全部読みました?」
「読みました。三回とも完勝。一回目は【剣聖】で武器落として【威圧】で終わり。二回目は【火焔】と【氷結】の演武みたいな勝ち方。三回目は【俊足】で翻弄して【剛力】で――」
「それって、変じゃないですか」
「え?」
「三十七、あるんですよね。なのに今の話、一試合に出てくる才能の名前、二個とか三個しかない」
フィナの手が、止まった。
「……確かに。派手な試合だったから気にしてなかったけど……ちょっと待って。数え直します」
フィナは猛烈な勢いで記録をめくり始めた。ページをめくる音だけが、資料室に響く。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……一試合目、確認できる才能、三つ。二試合目、三つ。三試合目も……三つ。三回とも、きっかり三つです」
「三十七持ってるのに?」
「三十七持ってるのに、です。しかも相手が違えば使う三つも違う。つまり出し惜しみじゃなくて――」
フィナは眼鏡を押し上げた。レンズの奥の目が、鑑定のときのあの目になっていた。
「――出せない、のかもしれない」
「出せない?」
「仮説です。まだ仮説ですけど……才能って、才牌一枚ごとに独立した『決まり事』なんです。じゃあ、決まり事を三十七個、同時に世界へ言い張ったら、どうなると思います?」
「……喧嘩、しませんか。決まり事同士で」
「するんですよ。鑑定士の世界では『干渉』って呼びます。複数才能持ちの貴族が、才能を同時に使うと出力が落ちる現象は、実は昔から知られてるんです。ただ、王族クラスの多重保持で干渉がどうなるかなんて、誰も検証したことがない。……検証する必要が、なかったから」
フィナはチョークを取り、板に大きく書いた。
『仮説:三十七は、同時に使えて三つ』
「明日、これを裏取りします。もしこれが本当なら、ロイさん」
フィナは振り返った。
「あなたの相手は三十七の神童じゃない。――『三つずつしか出せない三十七枚持ち』です」




