シーン4
サキに会うたび話しかけられる。
「ココさん、聞いてくださいよ」
まだ何歩も距離があるのに話してくる。
客にこんなこと言われた。こんなことされた。
むかつく、面白かった、どう思う。
サキの息継ぎのない言葉。
足が一歩後ろに下がる。
「そうなんだ」
サキは一度も休まなかった。
客の見送りの時に手の振りが大きくなっていた。客と言い合いをしている場面も見た。お腹を押さえて笑っている姿も見た。
サキを目で追ってしまう。
「何かさ、サキちゃんっていう子いるじゃん」
私を指名してきた客からサキの話題が出ることが増えてきた。
「あの子さ、プロっぽくないよね」
「何か普通?結構ドジだよね」
「ココちゃん、仲いいの?」
そして今日も見知った客がサキに見送られるのを眺める。姿勢が伸びて綺麗だった。
サキは客の姿が見えなくなると小さく舌を出していた。
「ココさん。愚痴、後で聞いてください」
「うん、いいよ」
サキが笑い、お辞儀をし、店の奥へと消える。黒い髪が左右に揺れる。
店のモニターに私の指名料が割引と表示された。
今日はまだ指名されていなかったことに気付く。
食事をしていた客がボーイを呼んだ。私の名前がモニターに表示された。
個室に案内する。スーツ姿の客だった。中年くらいに見えた。表情が無かった。
微笑みながら挨拶をすると客はソファーに座った。
「酒を頼みたい」
「え、あ、はい」
ボーイを呼び、客の注文した酒を持ってくる。黒い箱に入っていた。
「飲むか?」
グラスを渡される。
「弱いので」と断る。
酔ったら高い声が出にくくなる。
「お酒好きなんですか?」
「そうだな」
「酔う前にシャワー浴びませんか?」
据わった目が私の全身を眺めた。
「いや、いい」
客が酒を喉に流し込んでいる。
グラスが空になり、酒を注ぐ。胸元を正面に合わせたが反応は無かった。
「初めて指名した」
「そう、ですね」
「割引表示になっていたな」
注いだ酒を唇に押し当てている。傾いた顔からの目つきは細かった。
「いつも暇なのか?」
「いつもではないですけど」
その先が出てこない。
「笑顔が上手い女よりはいい」
酒の匂いが漂う。どこか甘い。口で呼吸する。
客の視線の先を探す。衣服に指をかける。
「いや、いい」
鼻を鳴らされた気がした。
「君は脱ぎたいのか?」
「脱ぐことが多いので」
「毎回そうしているのか」
客がタバコを咥えた。煙が真っ直ぐ吐き出される。
「君を抱く気はない」
衣装の裾に指をかける。
いつものように笑おうとする。
「君は何もしなくていい」
部屋のドアが鈍く光る。照明が薄い。
「嫌か?」
客と目が合う。思わず微笑む。客がタバコの灰を灰皿に落とし、潰した。
「君は本当に笑わないな」
客が立ち上がる。
静かに酒が揺れる。表情を確認する。眉間の幅も口の角度も変わらない。
「チップだ。楽しかった。また来る」
裸のお金を両手で受け取る。お辞儀のタイミングが遅れた。
客を見送る。規則正しい靴音を鳴らし、店から出ていった。
手を振る。背中が冷たい。
ポケットにはチップが入っている。皺が出来ていた。
また指名すると言った。楽しかった、そう言った。
ロッカーへ向かおうとする。モニターに私の名前と部屋番号が表示された。
指名した客に挨拶をし、個室に案内した。
体温の高い匂いと遠慮のない手つきが私を迎えた。
「ココちゃん、いつもより反応いいね。惚れた?俺と付き合う?」
唇を開ける。眉を下げ、笑う。
客が私を求める。
部屋の広さがいつもと同じだった。
何も考えなくていい時間だった。
体が軽い。ベッドの音が心地良かった。
連絡先を何回も尋ねてくるのを流しながら客を見送る。チップはくれなかった。
サキが客を見送るために歩いてくるのが見えた。すれ違う。
若い客だった。サキは客の腕に自分の腕と黒い髪を絡ませている。サキの店の写真は、いつの間にか私と同じ高さになっていた。




