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9 異教の魔術

「じゃあもう知られたって訳で」


 というとスレインは口の中で呪文を唱える。するとその姿が一瞬で消えてしまった。


「スレイン!?」


「魔術です」


 フォスさんが再び剣の柄に手を伸ばすがスレインが元居たところでパチンと小さく指を鳴らす音がしたかと思うと再び彼は姿を現した。


「その通り、姿を消す魔術だよ。音を立てたり相手が魔力や神聖術の使い手だったらバレることもあるけどな。そして」


 スレインはもう一度口の中で呪文を唱えて姿を消す。今度はよく見なくともスレインがいた場所に空間の歪みのようなものがあるのがわかった。そしてその歪みが俺の方に伸びてくる。


 腕を掴まれる感覚がしたと同時にスレインの姿がはっきりと見えるようになり、彼に視線でうながされて俺はフォスさんの方を見た。

 彼女は特に驚いた様子もなく言う。


「触れた対象のことも見えなく出来るのですね」


「そういうこと」


 足音が止むのを待って俺たちは下に降り、三人で手をつないで歩き出す。途中で何匹ものゴブリンとすれ違ったが通路の端を静かに歩いていればバレずに済んだ。


 途中でいくつもの部屋を見かけたがスレインは一直線に奥を目指して行く。

開け放たれた部屋の一室に母子らしき二匹のゴブリンを見かけて赤ん坊を見る母ゴブリンの心なしか優し気な目つきを見たとき、虫を潰すのと同じ感覚で首をはねた見張りゴブリンたちのことを思い出し、何かが胸に到来しかけたがその前にリンチにあっていたことを思い出してすぐ霧散した。


 俺たちはとうとう最奥にたどり着いた。目の前にはひと際大きな石扉があり、そこには何かおどろおどろしい水生生物っぽい化け物の絵が彫られている。その絵を見ていると俺は意識がどこか遠くに運ばれて行く感覚がした。それと同時に何かを思い出しそうになる。それは冷たい痛みの記憶で──


『この中は多分祭壇のある部屋だ。大抵の神殿は最奥に一番重要な役割の部屋を置くからな。そして俺はホブゴブリンはここにいると踏んでる』


 いよいよここではないどこかへ意識が飛びかけていたとき脳に直接声が響いてきて俺は正気に戻った。

 驚いてスレインを見るとなぜか得意そうに笑っている。


『伝心の術だ。降りるときにかけておいた』


『『ならかけた時に言えよ』』


 こんどはフォスさんと顔を見合わせる。たった今思っただけで口にしなかったことが脳内でフォスさんの声と重なる形で再生されたのだ。


『体に触れていればそいつらの考えも伝心させられる。ちなみにいつ伝心を始めるかは俺が決められる』


『『かける前に言えよ!』』


 またフォスさんと考えが重なった。俺は一旦思考を放棄することにした。


『あいつらが入るみたいだから便乗しよう』


 スレインが指さす先には二頭の羊を運ぶ四匹のゴブリンがいた。そいつらはこちらへ真っすぐ向かってくる。


 ゴブリンたちは扉の前で立ち止まると先頭の一匹が声を張り上げた。


「アケロ!」


『しゃべった!』


『ゴブリンはしゃべれるのもいるぞ。片言だけどな』


 伝心させるつもりはなかったことが伝わってなんか恥ずかしい。早く二人の手を離したくなった。


 羊で両手が塞がっているゴブリンに変わって内開きに扉が開けられる。俺たちはその隙間からするりと祭壇部屋の中に入った。


 中に入ってまず目に飛び込んできたのは奥の方にある大きな円形の水たまりだった。くぼみの中にどぶ色の水が張られていてその中央には台座のようなものが置かれてある、その上にあった石像らしき物は足元から先が砕けて紛失していた。

 そして石像のかろうじて残っている部分を背もたれにして台座にふんぞり返っているゴブリンが一匹。部屋の中には他にも七匹のゴブリンがいて二頭の羊を運び入れてもまだ広々としている。


 後ろで乱暴に扉が閉まる音がして羊を運んできたゴブリンが石像に座るゴブリンに話しかける。


「ヒツジ、コレ、キョウノ、クモツ」


「わかった、おいてでていけ」


 石像に座るゴブリンがしゃべった瞬間俺たち三人の間に衝撃が走った。

 他のゴブリンが話す言葉を覚えたての異国語を話す外国人レベルだとすると、そのゴブリンが発した言葉は母国語を離す幼稚園児レベルには流暢だったのだ。


『なんだあの気色の悪いゴブリンは』


 フォスさんの思わず伝心させてしまったであろう罵倒が脳に響く。反対の手を繋いでいるスレインも驚きの余り静止していた。


 羊を運んできたゴブリンのうち三匹は言われた通り羊を床に開いて扉に向かって歩き出した。ただ一匹先頭に立っていたゴブリンだけは床に置かれた羊を凝視してその場にまだ立っている。

 それを見た部屋にいた七匹のゴブリンのうちの一匹が苛立たし気に叫んだ。


「ナニシテル、トットトデテケ!」


「コレ、オマエタチダケ、タベル、オカシイ。キョウ、ニク、コレダケ」


 部屋の中のゴブリンたちは他のゴブリンたちと特に変わらない姿をしていたが身に着けているものが違っていた。

 今まで見てきたゴブリンたちが獣の皮や粗末な布切れを腰に巻いているだけなのに対し、奴らは人間が身に着けるような胸当てやら鎧やらを着けていた。そしてよく見るとそのどれもがサイズが合っておらずぶかついている。手にしている武器もこん棒などのそこらへんで拾えそうなものではなく錆びついた剣や斧を持っていた。

 奴らは人間から、それも武装した人間からそれらを奪ったのだろう。それだけの実力がある奴らはこの巣において統治者と幹部的立ち位置なのかもしれない。

 そしてそんな連中に仲間がたてついたとあって、出て行こうとしていた三匹は慌てて残りの一匹の腕を引いた。


「バカ!グズ!コロサレル!」


 しかしなおもゴブリンは主張を取り下げない。引っ張ってくる六本の腕をがむしゃらに振り払う。部屋にいた七匹が牙をむいて反抗者に吠えだした。獣のように吠える奴もいれば片言の罵声を吐く奴もいる。ただ一人石像に座るゴブリンだけが静かに反抗者を睨みつけていた。


「デテイケ!」「ザコガ!」「コロス!」


「ヒトツ、ヨコセ!オレタチモ、ニク、ク──『火球よ、もやしつくせ!』」


 勇敢なゴブリンは主張を最後まで言い終えることができなかった。

 扉を背にして二人と手をつないだまましゃがんでいた俺の頭上数センチ上に黒々とした焼け跡ができる。真正面では首から上が焼き切れた二体のゴブリンの死体がどさりと崩れ落ちた。

 石像に座っていたゴブリンが音もなく飛んでくるどす黒い火球を放ったのだ。背後の石扉はいまだにシューシューと音を立てながら溶解し続けている。


 俺たち三人が手をつないだカニのようにそろそろと、しかし高速で横に避難している間にも火球は二度三度と頭上に飛んできた。


 かろうじて火球に当たらなかったゴブリンたちが逃げ出した後には四匹分の死体が部屋に追加されていた。


「ははあ!これでにくがむっつになったぞ!」


 そう言って高笑いするゴブリンは性根の腐った子供そのものといった感じで、なのに見た目は醜い異形であるのが余計に嫌悪を湧き上がらせた。


『あれが農夫を殺したホブゴブリンで間違いない。リュラ様、今から手を離す。奴の魔法より早くあんたの風魔法で首をはねてくれ』


 スレインが俺の方を見て伝心してくる。情けないが今さっきの惨状を目にして全身が震えていた。けれども奴の詠唱よりリュラの扱える風魔法の詠唱の方が圧倒的に短い。勝機は十分ある話だった。



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