10 不穏な勝利
『わかった』
『待って』
俺の返事に間髪入れずフォスさんが横槍を入れてきた。
『もう少し様子を見ましょう』
フォスさんは不審がっている俺とスレインの視線を気にせず、気にする余裕もなさそうに何やら半立ちになって頭を揺らしだす。彼女と手を繋いでいる俺も引っ張られて体が揺れた。彼女の目が赤みを帯びた黄金色に輝き出す。
『ちょっとフォスさん!』
『おい、あまり動くな、魔力を使うな!ホブゴブリンにばれる!』
スレインが焦った声で伝心してくるがフォスさんはお構いなしだった。
そんな俺たちに気が付かず、逃げ惑う木っ端ゴブリンを見て嘲笑していた幹部たちの笑いが引くとホブゴブリンがおもむろに話を切り出し始めた。
「おかのいせきへのつうろはどうなっている」
「キノネガオオクテオクレテル」
フォスさんの奇行を二人がかりで抑えてつけていた俺とスレインは目を見合わせた。
「ふもとのほうはどうだ」
「モウスコシデツナガリマス」
「むらへのほうは?」
「コンヤジュウニ」
それを聞いたホブゴブリンが凶悪な笑みを浮かべる。
「つうろができしだいむらをおそう。あの方のためにりょうちをひろげるのだ」
『嘘だ』
いつのまにか動くのやめていたフォスさんが氷りついた視線をゴブリンたちに向けていた。
『奴ら地下通路を掘ってたんだ。今この巣を片付けなければコンロ村が襲われる。やるぞ』
スレインが改めてそう伝心してきて俺は覚悟を決めた。
『三つ数えたら手を離してリュラ様がホブゴブリンの首をはねる。俺たちは周りの奴らを殺す。ほら、ぼさっとするな!』
スレインが放心していたフォスさんの肩を揺らして正気に戻す。そして羊を解体しだしたゴブリンたちとそれをただ見ているホブゴブリンに向き直る。
『三』
ゴブリンたちは羊の腹にナイフを突き立て嬉しそうにはらわたを抜いている。
スレインとフォスさんが剣を鞘から音もなく引き抜いた。
『二』
俺はこれからやることをイメージする。大丈夫、手が空いた瞬間前にかざして『風よ』と言うだけだ。難しいことじゃない。
『一』
『風よ!』
「いやあ、くたびれたな」
まるで畑仕事の帰りのような調子でスレインは言ったが、その体は血まみれだった。
本人に怪我はなく、全てゴブリンの返り血らしい。スレインほどではないがフォスさんも白い服を赤く染めていて二人の後ろから風魔法を打っていただけの俺が一番汚れずに済んでいた。
今は無事ゴブリンの巣を壊滅させた帰りの道中である。巣の近くに繋いでいた馬に再び揺られている。
空はすっかり日が落ち、かといって月が明るくなるにはまだ日の名残りが残っている。大森林を抜けてもあたりは大差がないくらい暗かった。
「二人とも本当に強かったな」
俺は思ったことを素直に口にした。
「うまくいったのは初手でホブゴブリンを倒せたからだよ。俺が前衛で切り込んで中衛で神官騎士様が神聖術と剣で援護、その後ろでリュラ様が離れた敵を蹴散らす。俺たちいいパーティーだったな」
スレインの言う通り、作戦はうまくいった。俺は初手でホブゴブリンの首を落とすことに成功し、その後は乱戦が始まった。
あの部屋の中にいたゴブリンたちは互いに連携を取ってきてやっかいだったが、囲ませる隙を作らないスレインの立ち回りとフォスさんの殲滅力の高い神聖術で倒しきることができた。部屋の外のゴブリンたちはもっと簡単で途中からは逃げ惑うゴブリンたちを一匹でも多く倒そうと皆やっきになっていた。
「けれども逃がしてしまったゴブリンもそれなりにいたな。そいつらが村を襲うことはないんだろうか?」
「その危険はあるな。けれども相手はただのゴブリンだ。数もそう多くはない。周辺の村々に注意喚起をしておけばそれで大丈夫だろう」
スレインは気楽そうに言ったがその顔はあまり晴れやかではない。俺としても気にかかっていたのは逃げたゴブリンのことだけではなかった。
「ゴブリンの巣はあそこで本当に最後だったんだろうか」
俺がそう口にしたのはあらかたゴブリンを倒し終わって巣の中を見回っていたときに発見した延々と続く横穴を見たからだった。
見つけた横穴は四つ。うち三つはいかにも手掘りといった粗末な細い穴でスレイン曰く方向的に「白百合の丘」「コンロ村」「オディーユ山脈」に向かって伸びているのではないかとのことだった。それらは祭壇部屋で聞いた通りのものであったが問題は残りの一本。
それはアトラス島の中央に向かって伸びる太い通路だった。他の横穴は所々飛び出していた木の根を迂回したり放置したりして歪に堀り進められていたのに対し、その穴はきれいさっぱり木の根を切断して真っすぐに伸びていた。
それを見たスレインが「これはゴブリンに作れる通路ではないな」とこぼしていた。
全ての横穴と出入口はリュラの風魔法で上部を崩し通れなくはしてきたが掘り返されれば通れてしまう。もしあの大穴が別の巣に繋がっていれば異変に気が付いたゴブリンたちにまた利用されてしまうだろう。
そしてゴブリンが作ったのでなければ誰があの通路を作ったのだろうか。
「土属性のホブゴブリンであればあの大穴を作れるかもしれません」
作戦以来無口になっていたフォスさんが久々に口を開いて言った。その声には疲労が滲んでいて、暗いために顔色はよくわからなかったが心なしかげっそりとして見えた。
「あの火属性の奴以外にもいるかもしれないってことか。それが‘‘あの方‘‘なのかもな」
それは祭壇部屋でホブゴブリンが言っていたことだった。「あの方のためにりょうちをひろげる」と。
「あのゴブリンたち、てっきり先々月の異常気象の時にオディーユ山脈からやって来たのだと思っていたがもしかしたら違ったりするのか?あの大穴の先を調べた方がいいのかもしれないな」
そう言ったスレインは俺とフォスさんの顔を見てくる。
「リュラ様、それに神官騎士様も、魔物の脅威から領民を守るのはあんたら領主と神殿の仕事だろう。あの大穴の先を調べるように計らってはくれないか?」
「申し訳ありませんが力になれません。神殿に意見を通せるような立場であれば私は一人でこのような旅はしていなかったでしょうから」
そう言ったフォスさん声は沈んでいた。本当に疲れているようだ。
「俺はどうだろう。家に帰ってみないと何とも……」
俺としても自分が、このリュラという少年が家でどのような立場であるか知らない以上安請け合いはできなかった。
きっとスレインは何も無理なお願いはしていないのだと思う。きっと領民として受けるべき保護を求めているだけなのだろうが彼は断られても笑っていた。
「そうか。まあお前らにも何かしらの難しい事情があるんだろう。むしろ今日ゴブリンの巣に神官騎士と魔法使いが付いてきてくれただけでもものすごい驚きだったんだ。まだまだこの世の中捨てたもんじゃないって思ったぜ。特にリュラ様、あんた評判と違っていい奴だな。俺としては次期領主にはあんたみたいな人になってもらいたいもんだよ」
そう言ってスレインはにかっと笑って見せた。なんというか元の世界でも早々会ったことのないような快男児である。その上高身長で爽やかなルックス、腕まで立つときたものだから彼は相当モテるに違いない。
その後もとりとめもない会話をスレインとし、元気のないフォスさんと三人でコンロ村についたのはすっかり月が明るくなった頃だった。




