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11 唐突な告白

 コンロ村についた俺たちは村長の家に通された。今日はもう遅いので泊っていってくれとのことだった。

 フォスさんが大森林のゴブリンの巣も壊滅させられたと伝えると村長はほっとしたようににこにこと笑って言った。


「皆さま、この度は村をゴブリンの脅威から救っていただきありがとうございました。これでもう畑を荒らされる心配も家畜を取られる心配もなく、外に仕事に行くこともできます」


「ええ。ですが仕留め損ねたゴブリンがまだ近くにいるはずです。当分の間は警戒して夜には見張りを立てた方がいいでしょう」


 村長はフォスさんの言葉に「はい、そのようにいたします」と答えてから机の上に三枚の銀貨をスッと差し出した。


「遅れてしまいましたがこちらお約束していた報酬です。どうぞお受け取りください」


「これはどういうことなんだ?金は払えないって話じゃなかったか?」


 言っていることと裏腹にスレインの口調は少しも意外そうではなかった。むしろ少しの気怠ささえ含まれていた気がする。


「ああ、そのこのことでスレイン、君にお願いしたいことがあったんだ。ちょうどいい、今から話しても?」


 スレインは肩をすくめて返した。何をお願いされるか彼は察しがついているようだ。


「それではお二人とも、もう夜も深いですしどうぞ部屋でお休みになってください」


 退室をうながして来る村長の言葉にフォスさんが椅子から立ち上がり「いきましょう」と言ってきた。俺がチラリとスレインの方を見ると彼は片目をつぶって見せる。結局俺は机の上から銀貨を受け取ったフォスさんと共に村長の奥さんに案内されて部屋を後にした。


 案内されたのはベッドと簡素な机と椅子があるだけの狭い、しかしきちんと掃除されている部屋だった。聞くところによるとよその村に嫁いだ娘の使っていた部屋らしい。


「申し訳ありません。開いている部屋が一つしかなく、フォスさまは私たちの寝室をお使いください」


「リュラ様、もしよろしければ私も同じ部屋で休ませてはいただけませんか?ご夫婦の寝場所を奪うのは忍びないのです」


 と、フォスさんから言われて俺は一瞬どきりとしたが彼女の何の感情も浮かんでいない目を見て邪念はすぐさま消えた。


「ああ、もちろん構わない」


 ということで急遽布団代わりになる布を床に敷いてもらいフォスさんはそこで寝ることになった。彼女を床に寝かせて自分だけベッドで寝るのは気が引けたがこちらは「リュラ様」であるので俺が床で寝ますとも言えなかった。

 

 今は奥さんが持ってきてくれた盥の水と布で簡単に体を拭いている。背後では同じようにフォスさんも体を拭いているはずだが服を着たまま拭いているのでそこまで意識するようなことはない。ないのだと自分に言い聞かせる。


「スレインは村長と何を話しているんだろう」


 黙っていても気まずいので体を拭きながら俺は聞いてみた。


「恐らくですがこの村から出て行ってほしいとかそのあたりでしょう」


「え!?」


 驚いた俺は一瞬振り向いてしまった。裾に手を入れて前を拭いていたフォスさんに睨まれる。


「ど、どうしてそんなことに?スレインはむしろこの村の恩人でしょう?」


 お互いに体を拭き終えたので向き直る。フォスさんは淡々とした口調で説明してくれた。


「村長が急な増税があったと言っていましたがそれはおそらくこの村が完全な海神信仰の村ではないせいでしょう。最近南方領のパイロで異教徒のいる村や町に増税を課す動きが盛んになっていました。神殿が主体で進めていることなので他の領地でもそれが始まっていると聞いています。異教徒であるスレインたちを追い出せばまた税率は元に戻る、その決断をしたから村長は私に報酬を支払えたのです」


「……そんなに異教徒への圧力は高いのか」


 基本無宗教、ふわっと信仰の民としては実感がわきにくい話である。


「それじゃあスレインたちはどうするんだ?いきなり住んでる場所を追い出されて生きて行けなんじゃないか?」


「異教徒だけの隠れ里というものが存在すると聞きます。異教徒同士ならその場所を知っていて身を寄せられるかもしれません」


 もしその隠れ里の場所を知らなかったらどうするのだろう。

 誰も立ち上がらない中一人、村のために危険を犯せるような好青年が信仰している宗教が違うという理由だけで追い出される。この短時間でスレインという男にかなりの好印象を抱いていた俺としてはやるせない気持ちにさせられる話であったが、宗教の話は三大タブーに入るくらいデリケートなもの。安易に宗教が違う‘‘だけ‘‘と言うのは無知がすぎるのだろう。


 もし俺がこの体でリュラの家に帰りスレインを働かせてくれと頼んだらどうにかならないだろうか?けれどもこの村を出ることになるのはスレインだけではないかもしれない。もし数十人単位で面倒を見ようとすれば問題はもっと複雑になる。


 その人たちの素性を俺は知らない。責任が取れない。スレインのことさえ深く知っているわけではないのだ。そしてそれは自分の置かれている状況についても同じこと。


「エクトス教徒はともかくセレーネ教徒はそう危険な連中ではありません。しかし彼らが魔術という異端の力を使う以上神殿や領主たちから危険視されるのは避けられないこと。今のアトラスでこのどちらか一方とでも対立してしまえば生きることの困難は大きく跳ね上がります。そして実を言うと私自身も彼らとそう変わりのない身の上にあるのです」


 唐突な話だった。床に座るフォスさんは真剣な目でベッドに座る俺を見上げてくる。まるでこれから一世一代の賭けにでも出るような。


「え、フォスさんは異教徒ではないでしょう?何故です?」


「私は自分を旅の神官戦士と名乗りましたが、実際は旅に出たのではなく自分の所属していた神殿から逃げ出したのです。訳あってのことでしたが神殿は私を見つければ生かしておかないでしょう。しかし私はずっと神殿で神に仕えて暮らしてきた身、流浪の神官戦士として以外に身を立てる方法がありませんでした」


 そこまで言うとフォスさんは俺の正面に移動してきて膝まづいた。窓から差し込む月明かりがその白い姿を浮かび上がらせる。


「そこでリュラ・ガラズィオス様、どうか私をあなた様の配下にしていただきたいのです」


 話が一気に飛躍した。「配下」というとそれはリュラの持つ紋章の配下にしてほしいということなのだろう。

 だが何故?何故今の話でリュラの配下になりたいという話の流れになったんだ?


「それは領主の子である俺の配下になることで庇護を受けたという話ですか?」


 思いついたのはそのくらいだったがフォスさんはあっさりと頷いた。


「はい。しかしそれだけではありません。リュラ様にはぜひこのガラズィオス領の領主になっていただきたいのです。ひいてはその先のお立場にも」


「領主って、それにその先の立場って、一体何を考えてそんなことを言うんです?説明してください」


 俺は訳が分からなかった。フォスさんの突然の申し出のことだけではない。この世界に自分がいることもリュラという別人の体に入っていることも、魔物の存在も魔法や神聖術、魔術のことも。


 自分が、犬飼夏彦という存在が既に死んでいるということさえまだ受け入れられてはいなかった。

 だって俺が死んでいるというのならどうして俺は夏彦の意識のまままだこうして息を吸ってものを考えているんだ?自称女神に転生させてやるとは言われたがそもそも転生したなら前世の自我が残っているのはおかしな話だ。

 なぜ俺はいまここに悪魔として召喚され、他人の体で存在しているのだろう?


「今は深くご説明できません。しかしあなた様が神の子としてこのアトラス島を真に思って──」


「わけが、わからない」


 魔法を使いすぎたのか、はたまた魔法陣を描くのにあれだけ血を流していたからか、ベッドに腰掛けた瞬間から高まりつつあった疲労が頂点に達した。

 

 思えばこの世界で意識を覚醒させてから何も口に入れていない。腹が減った。目が覚めたらミカちゃんの作ったビーフシチューが食べたいな。




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