表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

12 女神との再会

「はい、夏くん。ご飯にしよう」


「うん。ありがとう」


 一人前のビーフシチュー、バゲット、サラダ、カットオレンジの乗ったおぼんを彼女が俺の前に置いてくれる。

 一度キッチンに引き返して自分の分のおぼんを運んできた彼女と向かい合い、二人で「いただきます」と言って俺たちは食事を開始した。


「あつっ、うまっ。バゲットもいい感じに焼けてる」


「よかった、ちょっと焦がしちゃったんだけどね」


「いやいやこのくらいでちょうどいいよ」


 俺がほめると彼女、ミカちゃんは照れたように長い茶髪を耳にかけなおした。

 

 大好きだった。初めてできた彼女だった。

 大学に入学して最初の講義で見かけて以来ずっとかわいい人だと思っていて、たまたまグループワークが同じだった時に勇気を出して連絡先を交換した。それから何度か二人や仲間内で遊びに行き大学一年の終わり頃ようやく告白して付き合ってもらえた。


 よく手入れのされているサラサラの明るい茶髪も、きれいな二重で猫目の瞳も、いつも人当たりがよく社交的な性格も、付き合ってみて知ったこだわりの強いところや少し身勝手な部分でさえ美点に思えた。


 一年近く交際して一緒にいろいろなところに行き、春になったら温泉旅行に行こうと約束していた。

 そんな大学二年の冬である。彼女の浮気が発覚したのは。


 次の講義を一緒に受ける友人を食堂で待っていた時のこと。全く見知らぬ男性が声をかけてきた。スーツこそ着ていなかったがサラリーマン風の若い男だった。その男は俺にビーフシチューの皿を持って微笑む女性に自分が頬にキスをしている写真を見せて言ってきた。「あなたはこの女性とお付き合いしていらっしゃいますね。俺もです」と。


 世界が、音を立てて崩れるのを聞いた気がした。


「夏くんがいつも褒めてくれるから私ビーフシチューの腕だけ上がっちゃったよ」


 ここは俺の部屋だ。大学進学と共に借りた2LDKのアパート。

 今日はここに彼女を呼び出し浮気について問い詰めようと思っていた。何も知らない彼女はいつものお泊りデートだと思って夕食を作ってくれた。この食事が終わってから本題を切り出そうと思っていたのに彼女の発言を聞いてつい、俺は口が滑ってしまった。


「違うでしょ、ビーフシチューが得意になったのは瞬さんによく作ってあげてたからでしょう」


 俺がそう言ったときの彼女の顔からスッと表情が消えた瞬間はどんなホラー映画よりもホラーだった。


 そこからはもうしっちゃかめっちゃか。彼女は泣いて言い訳したり、どこで瞬さん(俺に写真を見せてきたサラリーマン)について知ったのか問い詰めてきたり、挙句の果てに俺が五股のことまで知っていたと知ると俺をとんだストーカー野郎だと罵ってきた(実際に五股まで調べたのは社会人の瞬さんだったが)。


 俺の「最低なのは浮気した君の方でしょ、てか俺は浮気相手にさせられてたんだけどね」の一言で彼女は部屋を飛び出した。


 話はまだ終わっていなかった。上着を置いて出て行ってしまった彼女の分のコートもひっつかんで俺は後を追った。そしてトラックに引かれて死んだのだ。


 やはりあんなタイミングで切り出すべきではなかった。もっと落ち着いてから冷静に話すべきだった。


 それさえできていればミカちゃんは冬の寒空に追ってきてと言わんばかりに薄着で飛び出すこともなく、俺はあんな目にあって異世界転生することもなかったのかもしれない……。


 場面が切り替わる。


 そこは島のひと際高い場所、中心地でありながらどこを向いても海を望める山の上だった。

 俺はそこから今まさに島を飲み込もうとしている津波を見ていた。人々は高所に逃がれようと狼に襲われる羊の群れのように走り回っているがその島一番の高所からは魔物の群れが黒い地上の津波となって押し寄せていた。

 

 海に呑まれて行く人々、逃れた先で魔物に八つ裂かれる人々。神秘の島として栄華を築いたアトラス島の終焉が眼前に広がっていた。


 また場面が切り替わる。


 そこは石造りの城の窓際。俺は一人水平線に沈みゆく太陽を眺めていた。

 いや、正確には窓の先の城塔の上で夕日を眺める親子を見ていた。母親が幼い子を抱き上げ夕日が海を赤く染める様をよく見えるようにしてやっている。俺はその様を窓辺に肘をつきただ見ていた。


 後ろから名前を呼ばれて振り返る。そこには壮年の男と十歳ほどの女の子が立っていた。キャラメル色の長い髪が夕日を反射してキラキラと光っている。女の子が男に促されて頭を下げるとその髪が光の滝のように前へ流れた。


 その光景はひと際鮮明にこの心に、もしくは心臓、もしくは脳に刻まれた光景のようだった。そうでなければいくら西日が眩しかったとして、こうも世界が光に包まれていることはないのだから。



「やあ、お目覚めかな。私のかわいい子」


 目を開けると視界一杯に発光する美女。頭の下には温かくやわらかな感触。そして背景にはあの暗闇が広がっていた。


「もう少し、寝ててもいいですか」


 俺は疲れ果てていた。長い夢を見ていた気がする。始まりは悪夢でその後は白昼夢。そしてやっと現実の世界に戻って来れた心地がしていた。もうこれでいいのかもしれない。美女の膝枕でもう少し寝ていたい。


「こらこらこら!二度寝しようとするんじゃない。これ以上寝るんだったら延長料金とるよ!」


「ぎゃっ」


 どんと横から押し出されて俺は美女の膝の上から転がり落ちた。固い地面に頭を打ち何回転か転がる。 打った頭を押さえながら立ち上がると異変に気が付いた。


「目線が高い!」


 自分の体を確認すると長袖長ズボンにコートを着ている。俺は元の体に戻っていた。別に超イケメンというわけでもなんでもない我が肉体だが失ったアイデンティティーが戻ってきたようで自分でも意外な程嬉しい。


 感動している俺に「よっこらせ」と立ち上がった女神が笑顔を向けてきた。


「異世界転生一日目はどうだった、夏彦君?可愛いヒロインに出会って自分だけが持っている特殊能力で襲い掛かる敵をばったばった!そんな心躍る冒険を楽しめたかい?」


 楽しめたか、だって?元の体に戻れたことがこんなにも嬉しいのだ。考えるまでもなくNOである。俺がそう口にしなくと女神は顔から読み取ったらしく「そう様子じゃあんまりいい思いはできなかったようだね」と言って肩をすくめた。


「それはそうと、どうだい?願いは叶えられそうかい?」


「願い?なんのことです?」


 願い、そう言われてもピンとくるものはなかった。俺に何か願いなどあっただろうか。あ、


「元の世界に生き返られるんですか!?」


 もしそれが叶うならどんなにいいだろう。彼女には浮気されてはいたが、まだまだ若い花の大学生だったのだ。できるもんならそりゃあ生き返りたい。


「それはできないよ」


 きっぱりと、極めて断定的に女神は言った。


「一度死んだ人間を生き返らせることは私にはできない。せいぜい自ら捧げられた生きた器に死んだ直後の別の魂を移し入れるのが関の山だ。いいかい夏彦、君は死んだんだ。それがどんなに理不尽な死であったとして受け入れる他にないのだよ」


 笑顔を消した女神に口答えをしてはいけない威圧を感じ、俺は喉を鳴らして「はい」と答えるしかなかった。それを聞いた女神は再びニコリとほほ笑んだ。


「君が叶えるべき願いというのはだね、リュラ・ガラズィオスの願いだよ。彼の記憶の中で見なかったかい?君を召喚したときにリュラが託した願いを」


「召喚の時にリュラが願っていたこと……あ、そういえば」


 俺は思い出した。最初に目を覚ました部屋で魔法陣を見た時に蘇ったリュラの記憶を。その中で彼が叫んでいた。なんだったかたしか……


「えーと、ネリィなんとかとブータンなんとかを殺し給えだとかなんとか」


「そう、ネロリィ・ガラズィオスとブーマン・ケンエンだよ。その二人を殺してくれって言うのが小さい方の傷の願い」


 そう言って女神は俺の左腕を指さしてきた。俺は嫌な予感を抱きつつコートを脱いで袖をまくる。

 そこにあったリュラのとまったく同じ傷を見て「うわぁ」と声が出た。


「そして大きい方の傷が自分にふさわしい地位をってやつだね。小さい方は三十日、大きい方は三年がタイムリミットだよ」


「え?タイムリミット?」


 この女神はいきなり何を言い出すのだろう。そう思っていたら女神が「過ぎるとこうなる」と言ってパチンと指を鳴らした。


 するとまず、先に十字の小さい方の傷がバクリと裂けた。


「ひっ」


 塞がっていた傷痕は赤々とした肉を露出させなおも広がっていく。続いて大きい方の傷も同じように裂け始めた。


「うがああああああああああああ!!!」


 傷は瞬く間に広がっていき左腕から肩、首、顔までに達し頭を一周して全身が裂けていく。


 遠くで誰かが叫んでいるように聞こえるのはおそらく俺の声だろう。血だまりを作りながら床を転げまわる。

 肉が裂けていく激痛は黒板を引っ掻いたときに出る音に少し似ているな、と考えたのは痛みの余りに頭がおかしくなったからかもしれない。


 近くでパチンと音がした。


「傷口から全身が裂けて死にます」


 痛みが嘘のように消えて、下にできていた血だまりもなくなっている。腕の傷はフォスさんに治療してもらった状態にもどり這いつくばっている俺だけが残った。


「死にます、じゃないだろうがこのバカ女!」


「おいおい、私は女神だぞ。そんな暴言許されないって」


 怒りの余りに詰め寄るが女神は相変わらずへらへらしている。心の底からむかつく。


「ほら、こんな目に合うのは嫌だろう?だったら早くリュラの願いを叶えることだ。そうしないうちは召喚の儀は果たされたとは言えない。タイムリミット内に叶えられなければ君は地球にある死んだ肉体に元通り。つまりはゲームオーバーだ。そんなことにはなってほしくない、頑張ってくれ給えよ」


「頑張ってそんな、人を殺せだなんて!」


「君に選択肢はない。それを理解しなさいなー」


 またも暗転していく世界。遠のいていく女神の声を憎々しく聞きながら俺は意識を手放した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ