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13 旅立ちの朝

 目が覚める。

 木の窓を開けると新しい太陽が今まさに登っていて清々しい光を部屋に差し向けてくる。

 

「最悪だ」


 けれども俺の気分は優れなかった。夢見が悪かったせいである。

 ただの悪夢だったらまだいい、だがあれがただの夢だとは思えなかった。

 

 女神によると俺はあと二十九日以内に二人殺さないと全身が裂けて死ぬことになるらしい。しかも一人の名前はネロリィ・ガラズィオス。どう考えてもリュラの身内である。

 俺、血縁殺しをしなくちゃなのか……。

 でも、またこうしてここで目が覚めたということがあの夢に確証になっているんだよな……。


 その他にもミカちゃんとの最後の夜のことや、島が大変なことになっている場面やらを見せられてそちらでも気分が落ちていた。

 せめて明るい日差しを浴びて心を落ち着かせよう。


「閉めてくれ、まぶしい」


 背後でむくりと起き上がる気配がして寝ぼけ声で言われる。

 そういえば同室がいたのだった。俺は素直に窓を閉めて声をかけた。


「おはよう、フォスさん」


「あ?」


 窓の隙間から漏れてくる光だけでも眩しいらしくフォスさんは手をかざして顔をしかめている。寝起きが悪いのかとりつくろえていない態度がおかしかった。


「おはようございます。朝食が出来ましたのでお越しくださ」


 扉の向こうから村長の奥さんに声をかけられたのでまだ目が開かないフォスさんの腕を引いて俺は部屋を出た。


 朝食は硬くて黒いパンと具の少ないスープだけだったが空っぽの胃には十分ごちそうだった。空腹でなくなったら幾分気分もよくなってくる。


 フォスさんは半分寝ている状態で機械的に朝食を口に運び、俺の倍以上の時間をかけて完食した。


 村長と奥さんに礼を言ってお宅を出て、聞いていた家に向かう。そこは昨日乗った馬を飼っている農夫の家で、俺は既に仕事に出ていた主人を捕まえて言った。


「金貨二枚で馬二頭を売ってもらいたい」


 農夫は「そんなにいただけません」と言っていたが後ろから走ってきた奥さんらしき人に尻を蹴り上げられ、「お売りいたします!ただ今連れてきますので!」とのこと。


 確かに金貨一枚でもおつりがくると思った。その上一頭は見るからに年老いていそうな白馬である。しかし急なことであるので色を付けたのだ。

 後ろで聞いていたフォスさんが「はあ!?」と声を上げていたが巾着を開いてまだまだ入っている金貨と大銀貨を見せると喉を鳴らして引き下がった。


 この金の入った巾着は初めのゴブリンの巣で武器がないかと体中を探ったときに見つけた物である。昨夜何が入っているのかと開けてみて中にあった黄金の輝きを見た時は俺もフォスさんのように喉を鳴らしてしまったものだ。


 そして俺はこの巾着の中身から金貨五枚でフォスさんにガラズィオス城までの道案内を申し込んだ。

 フォスさんには「見返りなどいりません。私を眷属にしていただけるなら道案内などいくらでも致しましょう」と言われたが、俺が「じゃあいらないんですか?」と聞くと即答で「ほしいです!」と返ってきたので結局は金貨五枚で彼女を雇うことになった。


 たった一日一緒にいただけだったがフォスさんへの第一印象は早くも俺の中で崩壊していた。なんというか最初の近寄りがたい程神秘的で禁欲的なイメージから、今ではかなり俗っぽく口が悪い印象に変わっている。頑張って取り繕おうとしている努力は感じるが端々でボロが出ている。

 

 俺はきっと彼女の本性との方が楽しくやれそうなのでもし長い付き合いになるのなら早くそちらを知りたいと思う。

 眷属にするかしないかについてはもう少し相手を知ってから考えることにしてとりあえず保留しにした。


「それじゃあ足も手に入ったし出発しよう」


「はい」


 村長の見送りを断った俺たちが村唯一の出入り口に向かうとそこには五、六人の集団がたむろしていた。


「お、もう出発するのかい?」


 そう声をかけてきたのはスレインだった。彼が朝日の中で笑っているとなんだか余計に眩しく感じられる。


「ああ、スレインも?」


「そうさ。日が出ているうちに彼らを里に連れて行かなくちゃならんからな」


 そう言って彼が振り返る先には大荷物を背負った村人たちがいる。彼らはセレーネ教徒なのだろう。


「よかった。行く当てはあるんだな」


「まあな。俺の里だ」


「え、ここの村の人間じゃなかったのか?」


 驚いている俺たちにスレインは、自分はここから少し遠くにある隠れ里に住んでいてこの村とは交易相手として交流があることを説明した。


「ならあなたは自分の村でもないのにああまでして守ってやったのですか?」


 意味が分からないとでも言いたげなフォスさんにスレインは肩をすくめて答える。


「セレーネ教徒であっても住まわせてくれる貴重な交易相手だったからな。でもこれからは難しそうだ」


 スレインの視線の先には目を細めてこちらを遠巻きに見ている村人たちがいる。魔術で強化されているリュラの耳には彼らの話している内容が聞こえてきた。


「はやくいってしまえばいい」


「これでせいせいする」


 ……守ってあげた結果がこれとはなんともやるせない。


「ま、こういうのには慣れてるさ。それじゃあな」


「ああ、気をつけて」


 去り際、荷物を背負った村人の中から幼い女の子を連れた母親らしき人が俺たちの前に出てきて「皆さんが夫の仇を討ってくださいました。本当にありがとうございます」と言ってきた。娘にも「あなたもお礼を言いなさい」とうながすが幼い少女は母親のスカートにしがみついてうつむき、石のように動かない。


「当然のことをしたまでです」


 と淡々と返すフォスさんの声を横で聞きながら俺はなにも言うことができなかった。


 俺たちはスレイたちの一行に背を向け、大森林や白百合の丘がある方向とは真逆の東へ向かって馬を進める。


「ガラズィオス城はこの北方領の最も東の崖に建っています。ここからですと歩いて十日。馬を使えば六日程でしょう」


「それじゃあそれまでの道中で改めてフォスさんが俺の眷属になりたい理由を聞かせてほしい」


「はい。昨夜リュラ様は話の途中で眠ってしまわれましたものね」


 これは嫌味だろうか。だって疲労とキャパがオーバーしてしまったのだからしょうがないだろうに。


「しかし昨日も言いましたように今全てをお話しすることはできません。全てを話すかどうかは私もリュラ様のお人柄をよく知ってからにしたいのです。どうか無礼をお許しください」


「わかった。なら今言える範囲で説明して」


 面倒事の匂いが香ってくるが一夜明けて今、俺としても眷属を増やしておくに越したことはないと考えるようになっていた。


 誰に怯懦と罵られようと夢のような死に方をするのは嫌だった。

 となるとこの傷の宿敵を殺そうとなったとき、二体一になる可能性もある。相手に手勢があればそれ以上の多勢に無勢も有り得るだろう。フォスさんを味方にできればかなりの戦力になる。


 リュラはものすごい勢いで憎んでいたみたいだが、相手が善人や殺す程の悪人じゃなかった場合はどうしよう。どうか極悪非道な人非人でありますように……。


 俺がそんなことを考えているとフォスさんが口の中だけで呟くように何かを唱えだす。すると俺とフォスさんの間にそよ風が巻き上がり二人の髪をあおっていった。


「風の精霊を使って沈黙の加護を二人につけました。これで私たちの話す言葉は周囲にもれません」


 精霊術、神聖術の一種である。


 フォスさんはそう言うが、朝が早すぎて元から周りに人影はない。それでも警戒しなければならない事情が彼女にはあるのだ。


「まず先に質問をさせて下さい。リュラ様は神殿についてどうお考えですか?」



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