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6 転生したら領主のクズ三男坊だった件

 それはつい先日のこと。リュラは古代遺跡に行って悪魔召喚をするため丘へと続く道を歩いていた。


 最後の村を通り過ぎたばかりだが既に日はほとんど沈み、薄暮の中を歩く。すると前方が何やら騒がしい。

 リュラの目はなぜか薄暗闇の中でも遠くの諍いがよく見えた。どうやら一人の老人が麦畑の中で何者かに襲われているようだった。


 老人の安否に一切の興味がわかなかったリュラは無視して道を行こうとしたがちょうどその脇を通り過ぎようとしたとき、命からがら逃げだした老人が道へ飛び出してきた。それを追って二匹のゴブリンも飛び出してきてこん棒で老人を殴りだす。老人はやめろだの誰かだのと騒ぐばかりで道に這いつくばってしまった。


「おい、そこをどけ畜生ども」


 行く手を阻まれたリュラは相当に苛立ちながらどすの利いた声を出した。

ゴブリンがリュラに気が付き相手が年端もいかない少年であることを見て取ると新たな獲物が来たと言わんばかりにリュラに襲い掛かる。


 リュラはそれに向けて手をかざし『風よ』と短くつぶやくとゴブリンは飛び上がった姿勢のまま空中で真っ二つになった。


 そしてゴブリンたちの血をもろに被った老人を無視して脇を通り抜けて行こうとする。

 そのリュラの下履きの裾を老人は掴んで止めてしまった。


「お待ちください!親切なお方、以前税を治めに行った際城でお見掛けしたことがあります。あなた様はリュラ・ガラズィオス様でいらっしゃいますね!?どうかこの村をゴブリンの魔の手から、ゴアッ」


「汚ならしい手で触れるな下郎!貴様らごとき木っ端がいくらゴブリンに食い殺されようが私の知ったことではないわ!」


 老人のゴブリンの血が付いた手で触られた事に激高したリュラはあろうことか既に死に体の老人の手を一切の手加減なしに蹴り払った。骨の砕ける感覚がして老人の悲鳴が背後に響く。それを無視してリュラは再び歩を再開させたのだった。


 固まったまま動かないでいる俺にフォスさんが「リュラ様?」と心配そうな視線を向けてくる。そんな彼女にあれはごく小さい声で告げた。


「思い出した。自分のこと」


 ……何してんだリュラ・ガラズィオス。どうするんだこの状況!


 まさか腕を折った相手がこの村の村長だったとは。いや、俺が折ったわけではないけれど!

 

「貴殿があのリュラ・ガラズィオスだってんなら余計にいい。どうか領民のために力を貸してはもらえないか」


 それまで唯一膝を折っていなかったスレインが俺に向き直って真っすぐ目を見て言ってきた。そして深々と頭を下げられる。


「~~っ、俺にできることであれば」


 どうしていいか分からなかった俺は、早くこの場を去りたい気持ちでその申し出を受けてしまったのだった。



「いやあ、神官戦士様にあの天才のリュラ様まで加勢してくれるとは。神はまだ俺たちを見捨ててはいなかったみたいだなあ」


 明るい声でそう言うスレインを先頭に俺とフォスさんは大森林に向かって馬を進めている。村に三頭しかいない馬らしいがどうぞどうぞと乗せられてゴブリンの巣を探しに村を出たのだ。

 途中までは走らせてきたがいたずらに疲れさせてはいけないので大分近くまで来た今はゆったりと進んでいる。


 俺は乗馬を小さい頃習い事で少しやっていたが腰が痛くてすぐいやめた。しかしこの体はずいぶんと丈夫らしく長距離乗っても尻も腰も痛くなっていないし、乗馬の仕方も体が覚えていたの俺でも乗ってこられたのだった。

 

「しかし村からの戦力はあなただけですか」


 フォスさんが若干座った声でスレインに言った。

 報酬未払い事件以来彼女の態度が初めより少し荒くなったような気がするが、ただ働きさせられれば誰だってそうなるだろうし、それでもゴブリンの巣の討伐に協力してくれるフォスさんは充分人格者だと思う。


 そして彼女が言ったように村からの戦力はスレインただ一人だった。


「いやあ申し訳ない。俺もあと二、三人はついてきてくれるものと思っていたんだが、やっぱりホブゴブリンがいるとなると……。もともと老人が多い村なのもあるが本当に申し訳ない」


 さっきまでの明るさを消したスレインが誠実さのこもる声で詫びてくる。


「だからこそ本当にあんたらが来てくれて感謝しているんだ。このままだと被害者は増える一方だろうし畑も荒らされているから襲われる前に餓死しちまうところだった」


 最後に付け加えた「神殿は金を積まないと討伐隊を派遣してくれないしな」というのは神官騎士であるフォスさんへの当てつけだろう。

 隣のフォスさんが鋭い視線を飛ばす。


「ですから私のような者がいるのでしょう。それにしたってこの身も霞を食べて生きているわけではありません。たった銀貨三枚で命を賭けたのにその上反故にされては命がいくつあっても足りないではないですか」


「いやあ、違いない。面目ない」


 スレインはカラッとした謝罪をして今度は俺の方を振り仰いだ。


「それにもましてついてきていただけるとは思わなかったのは貴殿の方です。大変高貴なお方な上、選ばれし魔力の持ち主。天の寵児リュラ・ガラズィオスのことはこんな田舎でも知らない者はいないのだから」


「はあ」


 スレインはニコリと笑みを向けてくるがその目はこちらを探っていた。

 おそらくだがリュラに関する噂というものはそう良いものばかりではないのだろう。悪魔を召喚しようよしたり瀕死の老人を蹴り倒したり、もしかしなくてもこの体の元の主は暴君というやつだったではないだろうか?そのせいで近い未来苦労させられそうで嫌である。


「お、ついについたな大森林」


 スレインが馬を止めたのは巨木が立ち並ぶ森の手前だった。

 大森林と聞いて単純に広い森を想像していた俺は驚いた。

 

「でかいし太い……」


「リュラ様は大森林に来たのは初めてかい?それじゃあ驚いただろう」


 遠目に見えていた森自体広大ではあったが、近くによって見れば一本一本の木の太さ高さに驚かされる。木の幹は大の大人が5人集まっても腕を回せるか怪しいし、高さに至っては見上げても木の頂点がどこにあるのかわからない程だ。そんな巨木が一本や二本ではなく生えている全てがそうなのである。

 木々の枝葉は天を覆い隠すように広がり、まだ太陽が高いというのに中は別世界のように暗かった。


「この暗さだ。日中でもゴブリンが外を出歩いているに違いない。実際農夫の遺体を回収したのも真昼のことだったしな」


「あの遺体の状態からしてホブゴブリンが扱える魔法は火の系統。それも相当に高度な魔法でしょう。でなけば人体を、それも頭蓋をあんなふうに抉ることはできませんから。おかしいとは思いませんか?」


「ホブゴブリンが使ったにしては魔法が上等すぎるってことだろう?それは俺も思ったが……」


 大森林の入り口で立ち止まって話す二人の会話を聞いて俺はふと疑問に思った。


「その火の魔法を使ったがホブゴブリンではない可能性はないん、のか?」


 見た感じ二十代前半、年上でありそうなスレインに思わず敬語を使いそうになって途中でやめた。

 この体がリュラのものである以上それらしく振舞うべきだろう。


「その可能性は低いかと。元々この近くに潜んでいた魔物はオディーユ山脈のゴブリンだけで、一日では大森林との間にある平原を超えられないので今まではここら一体ではそうそう見かけなかったのです。後はオディーユ山脈の向こう側にトロルの巣があると聞きますが草木も生えていない山脈を登って越えられるとは思えません。運悪く曇天の日が続いてもあの魔山を越えられるのは魔法使いかドラゴンだけです」


 俺の疑問にフォスさんが答えてくれる。それにスレインが口を挟んだ。


「だがゴブリンたちは実際に平原を超えて侵攻してきた。今まではないと思われていたのにだ。最近の天はおかしい。やたらと陰ることが多いじゃないか。トロルじゃなくても別の脅威の可能性は有り得るかもしれない」


 魔物は日の下に出られない。けれども最近は曇りの日がやたらと多くそのせいでゴブリンが生息域を拡大させた。だがその次に近くにいるトロルは日の陰りとか関係なくここまでは来れなさそう。となると──。


「魔法使いの仕業の可能性は?」


 俺はリュラの記憶で見たゴブリンを屠ったときの風魔法を思い出して聞いてみた。ゴブリンをまな板の上の大根のように真っ二つに切って見せた人間の魔法なら、高度な火系の魔法を扱えても不自然ではないのではなかろうか。


 それを言った瞬間二人の様子が変わった。ぎょっとした顔で一斉に俺を見て一瞬沈黙する。

 そんな態度を取られては怖くなる。今のは失言だったのだろうか?同じ人間を疑ったのがよくなかったのか?もしやフォスさんや村人を疑っていると思われたのだろうか?



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