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5 コンロ村の窮状

頼まれたフォスさんはすぐには返事をせず、何やら思案していた。即答で応じてくれると思っていたのか村人たちが不安そうにざわつき出す。


「もちろんあんた一人で行かせはしない。俺たちの村からも──」


「その前に、一度村長様とお話しさせてください」


 スレインの言葉を遮りフォスさんが言った。その口調は今までの冷静な声とは違い俺は彼女から初めて人間味というブレを感じた。


「姿が見えないようですが、今はどちらに」


「村長?そういえばどこに……」


 これにはスレインも面食らった様子で周りを見渡す。他の村人たちも一緒になって村長を探し出す。すると誰かが「いたぞ、ここだ!」と声を上げた。


 いつの間にか集まっていた数十人の視線が一斉に声のした方を向く。そこには一軒の塀付きの民家があり、その塀の陰に隠れるようにして誰かが立っている。


 見つけたと声を上げた壮年の男性が「そんなところで何をしているんです村長」と言いながら人影を塀の後ろから引っ張り出す。

 出てきたのは腰が曲がり腕を布で吊った白髪の老人でどこか所在なさげに視線を彷徨わせながら村人に前へ前へと押し出されてくる。


「申し訳ありませんが皆さん、次の依頼の話の前にたった今済ませてきた依頼についてご報告差し上げたかったのです。なにせこちらの村長様は今朝がた水を分けてもらうためだけに立ち寄った私にどうしてもと言ってゴブリン退治を頼まれてきたのです。銀貨三枚しか出せないが村人の安全のためにと地に膝をつく勢いでした」


 それまで氷のように動かなかったフォスさんの表情が初めて動いた。その微笑みは雪解けの時期にやっと花開いたつぼみのように淡く慈悲深い。そして彼女はその仏のような微笑みのまま村長の目を見て告げた。


「村長様、私フォスは貴方の依頼を成し遂げました。少なくとももう丘の上の脅威に脅かされることはありません」


 確かに丘の上の脅威は片付いた。しかし今さっきのスレインの話では本命の巣は大森林という場所にあるという。と、なると一度は制圧した丘の上の遺跡もまたすぐに拠点にされる恐れがある。だから今のフォスさんのあたかもやり遂げたと言わんばかりの発言はこの場にはおかしい気がする。


 しかし依頼は依頼。フォスさんは自分に頼まれた「古代遺跡のゴブリンの巣を壊滅させる」という依頼を確かに果たした。なのでフォスさんは一旦報酬の銀貨三枚を払ってくれと言いたいのではないかと俺は推察する。


 フォスさんに微笑みを向けられた村長はつられたように引きつった笑みを返すだけで何も言わない。


「村長、そう言えば前に金がない、金がないって言ってたけどまさか……」


 スレインが懐疑的な視線を村長に向ける。すると村長はいきなりその場に膝から崩れ落ちた。

 一瞬倒れたのかと思たが、そのままの勢いで土に額を押し付け言う。


「申し訳ありません神官戦士様!わが村に銀貨三枚をお支払いすほどの財力はございません!」


 と高らかに宣言。これには周りの村人たちも唖然としていた。


「そ、そんな村長。確かにこの村は貧乏だがたった銀貨三枚くらいあるだろう?」


「そうよ、じゃなきゃどうやって毎月領主に税を納めているの?」


 村民は皆自分の村のあまりの貧乏っぷりに動揺していた。


 リュラの知識によると貨幣には「金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨」の五つがあり、金貨には大銀貨十二枚分の価値、大銀貨は銀貨五枚分の価値、銀貨は大銅貨十枚分の価値、大銅貨は銅貨十枚分の価値がある。そして銀貨一枚の価値はそこそこの宿代一泊分くらいだ。

 つまりこの村にはそこそこの宿代三日分程度の余裕もないということになる。

 

 見れば確かに、村人は皆擦り切れのある使い古された服を着ている。当の村長でさえそれは同じだった。


「来月の税は何とか納められる。しかし銀貨三枚を今払っては、それすらもできない。申し訳ありません」


 そう言った村長の声は心底申し訳なさそうだった。しかしフォスさんの声は依然冷たい。


「初めから報酬を払う気はなかったということですか?」


「いいえ!それは違います。依頼した時点ではお支払いことができたのです。しかし神官騎士様を見送った後役人が訪れてこの村から取り立てる税を三倍にすると通告してきた。本当につい先ほどのことでした」


 税金が三倍になったという村長の言葉を聞いてまたも村人たちがざわつき出す。


「そんな、今でさえギリギリの暮らしだったのに」「ゴブリンに畑を荒らされたせいで穀物でも支払えないぞ」「その上まだ本命の巣が大森林にあるなんて」「領主は何を考えているんだ?」「どうしてうちの村だけ……」「あの業突く張りのクズ息子どもめ」「先代が急病なんてしなければ……」


 ざわめきは次第に領主への悪口に変わっていった。どうやら領主が急病にかかったことでその息子が領地の経営を引き継ぎ、そのせいで税金の額が上がったようだ。


「それもこれも領主のバカ息子どものせいです。どうか神官戦士様お許し──」


 地面から顔を上げた村長が立ち上がりかけの姿勢でびたりと静止した。その視線はフォスさんの後ろに立っていた俺に注がれている。

 そして次の瞬間またもものすごい勢いで土下座を再開させた。


「申し訳ありませんっ!!まさかリュラ様がこの場におられるとは露知らず!どうか無礼をお許しください!!」


 突然のことに俺は唖然とした。なぜ目の前の老人が震えながら謝ってきているのかわからない。


「え、リュラって……」「領主の三男のリュラ・ガラズィオス?」「昨日村長の骨を折ったていうあの?」「やめろっ、滅多なことを言うな!」


 領主の三男?村長の足を折った?

 俺も混乱したが振り返ってきたフォスさんの顔にも驚きの表情が浮かんでいた。


「領主様のご子息でいらしたとは知らず、数々の無礼をお許しください」


 別に無礼などされた覚えはないのだが、フォスさんは白い神官服が汚れるのも気にせずその場に片膝をついた。

 それを見た村人たちも領主息子の悪口を言っていた人達から順に膝をついていく。

 最終的に立っているのは俺とスレインだけになった。


「や、やめてください」


 俺がそう言っても村人たちは口々に謝罪の言葉を述べるばかりで聞いちゃいない。中には神に祈りだす者までいた。

 困惑しながら人々のつむじを眺めていると俺はまたも存在しない記憶を思い出した。



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