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4 コンロ村

 俺を助けてくれた麗人は名をフォスと名乗った。旅の神官戦士という職業らしく、道中で魔物退治をして修行を積んでいる最中とのことだった。


 ここはコンロ村という集落の西に位置する古代遺跡であり、村長からの依頼で最近できたゴブリンの巣を壊滅させに来たのだと言う。


「しかし記憶がないとは、それでは大変お困りでしょう」


「はい、ですから助けていただいた上にこうして村まで送っていただけて本当に助かります。傷の手当までしてもらって」


 俺は今ゴブリン退治を終えたフォスさんにコンロ村まで送ってもらっている。

あの部屋の外には石造りの薄暗い空間が広がっていた。教えてもらったところによると太古の時代に滅んだ宗教の神殿跡地であるそうだ。いまだに生きている水路が引かれていてたびたび山賊や盗賊のねぐらにされてきた危険な場所であるらしかった。


 そこら中に転がるゴブリンの死体をよけながら出口に向かう。見てきただけでも死体は三十体もあり、フォスさんはこれを一人でやってのけたというのだから驚いた。

 その上腕にあった十字の傷もフォスさんが手をかざして光を当てると出血が止まり、痕は残ったが傷口が塞がるまでに治癒してしまった。


「あそこが出口です」


 フォスさんが指さす先に短い階段が見えた。その先にぽっかりと開いた四角から目をさすような光が差し込んでいる。

 この遺跡は丘の上の地中につくられているらしいので中には一切の窓がなかった。出口に近づくにつれ光に目がくらみ俺は腕で目を守りながら外に出た。


 外に出てまず初めに感じたのは体を包むぬるい風だった。


「ここは白百合の丘と呼ばれている場所でアトラス島の北を一望できる場所です。ここに見える集落のどれかに見覚えはありませんか?」


 全く眩しさを感じていない様子のフォスさんが聞いてくるので無理やり目を開けてみる。すると絶景がそこにはあった。


「すごい」


 まず足元から広がる緑の丘、そこから伸びる坂道の先にいくつもの集落らしき民家の集まりが点々と見える。その向こうには白い湾岸都市があり海には大小さまざまな船が浮かんでいて陸と接する河口を通って都市に出入りしている様が見て取れた。

 湾岸都市から東の岸壁には茶色の城らしきものが見え、その裾野にも人の栄えている様子が見て取れる。

 そして何より輝いて見えたのは遠くに見える海そのものだった。水面が宝石のように輝いていて海の青と空の青、それから雲の白とが水平線でぶつかっている。

 緑と白と青。美しい島の様子がこの丘からは見えた。


「左に見えるオディーユ山脈から向こうのルス湖までが私たちが今いるガラズィオス領です。何か思い出せましたか?」


 言われて真左にそびえたつ山々とその真反対にの方に見える小さな青い点を見やる。ガラズィオス領というのはかなり広大な地域のようだ。


「いいえ、何も思い出せません」


 点々と存在する集落を見ても白い湾岸都市を見ても一向になんの記憶も呼び起こされない。

 困った。これからどうしたら良いのだろう。


「そうですか、しかし村に行ってみれば存外すぐに身元がわかるやもしれません。その服はアラナシルクでできている物でしょう。アラナシルクでできた服を平服にできる家などこのガラズィオスにも指で数えるほどしかいないでしょうから」


 アラナシルク。シルク、つまりは絹のことだが普通の絹のように蚕からとれる糸を材料としておらず、アランナという家畜化された蜘蛛の糸を材料にしている。


 アラナシルクでできた布は滑らかな肌触り、銀色の光沢、伸縮性に富んだ丈夫さ、濡れてもすぐに乾き汚れを弾くという大変上質な物になる。しかし生産量が少ないため庶民の手に渡ることはまずなく富裕層であっても礼服として一着持っていれば上等というほど高価。


 という知識を思い出した。

 蜘蛛の糸でできていると知って一瞬鳥肌が立ったが冷静になれば絹だって芋虫の吐いた糸だ。そう変わりはなかろう。


 コンロ村は丘から見える一番手前の村らしい。道を下っていく最中も遠目にずっと視認できるくらいには近い。地理的にも遺跡は村の上方でそんなところにゴブリンに住み着かれた村人は大変困っていたことだろう。


 そこへ偶々通りかかった旅のフォスさんがゴブリン退治を引き受けてくれた。その上遺跡で倒れていた俺の傷の手当をして道案内までしてくれている。ちょっとこの人善人過ぎやしないか?


「修行をしていると言ってましたけど魔物退治は危険ですよね?神官の修業ってそんなに過酷なものばかりなんですか?」


 助けてもらっておいて無礼だが警戒心がもたげたことと単純な沈黙潰しで聞いてみる。


「いいえ、多くの神官は神殿の中で祈祷や神聖術の勉強することで神に使えています。しかし私は神官であり騎士なので武術の鍛錬もする必要がるのです。魔物は神に敵対する存在であり神官騎士は魔から民を守るための存在、それ故にこうして個人的に魔物を狩る旅をしているのです」


 それに毎回謝礼金をいただいていますから。とフォスさんは最後に付け加えた。


 話せば話す程善人である。その上とんでもない美人だ。さっきまでいた暗い遺跡の中と違って日の光の下で見ると更に美しい。それはまるで宝石や芸術の類に感じる美しさで、ここまで美しいとかえって邪な感情も沸いてこない程だ。

 というかである……。


「……私が何か?」


 あまりに横目で観察しすぎたのだろう。フォスさんが若干困ったように聞いてきた。

 失礼を働いていたことに気が付き慌ててしまう。


「ああ、すみません。ただその、立派な剣だなあと思って……。僕は男ですけどこの短剣でも持ち歩くには結構重いなあと思っていたのでその……」


 更に失礼を重ねている自覚はあるのでしどろもどろになってしまう。けれども下心で眺めていたと思われるのも嫌だった。本当に心底失礼である。

 そんな俺の様子を見て察しのいいフォスさん「ああ」と合点がいった様子で呟き、


「私は女ですけど鍛えておりますので」


 と言った。俺は更に申し訳なくなって「すみません」と消え入りそうな声で謝った。


 コンロ村についたのはちょうど太陽が中天に差し掛かった頃だった。そこは道も建物も石で作られていて、遺跡に使われていた石材よりもカットがきれいで積み方も緻密だった。

 見た感じそこまで大きな村ではなさそうだが道は床もその脇も石畳と石壁で舗装されていて土煙が舞う様子もない。


 辺鄙な場所の小さい村でこれならば遺跡の様子から想像したよりもずっと文明レベルは高そうだと思わず安心してしまう。


 先頭を歩いていたフォスさんが村に足を踏み入れた途端、数人の人だかりが集まってきて彼女を質問攻めにした。


「フォスさん、あんた無事かい?」「ゴブリンの巣はどうなった?」「数はどんぐらいじゃったか?全滅させられたんかね?」「ホブゴブリンは仕留められましたか?」


 最後の質問だけやけにはっきりその場に響いた。他が年寄りばかりの中若い男の声だったからかもしれない。


「ホブゴブリンはいませんでした。遺跡にいた数はだいたい四十。全滅させられたと思います」


 フォスさんがよどみなく答える。質問をした男は「ホブゴブリンはいなかった」という言葉を聞くと眉間にしわを寄せた。


「依頼された時点ではホブゴブリンはいないとの話でしたが?」


「失礼、俺はスレイン。あんたがゴブリン退治に来てくれたのと行き違いで神殿に討伐隊を派遣してくれるよう嘆願しに行っていた。結果はすげなく断られちまったけどな。それで帰りの道中であれを発見んだ」


 スレインは体をずらして村の奥、民家のない少し開けた場所を指さした。そこには荷車があり荷台には麻布がかけられている。

 フォスさんが荷車に歩み寄り麻布を少しめくる。後ろについて行った俺はその中を見てしまった。


「魔法ですね。この方はどこで?」


「大森林だ。最西神殿に行くために白百合の丘を迂回したときに通った。見つけたのはその帰り、その人はこの村の農夫で大森林にルラの実を取りに行くために出かけて以来行方が分からなくなっていた。雑魚ゴブリンが遺体を運んでいたところを襲って取り返してきた」


 そう言うスレインの顔もそれを聞いている周りの村人の顔も鎮痛そうに沈んでいる。

 無理もない。先ほど見えた麻布の下の顔は松明などでは到底できない深度で顔が焼けただれていたのだから。

農夫の男は顔の左半分を抉り取られる形で焼かれ、残った顔半分も黒焦げになった状態で絶命していた。


「ゴブリンの巣の本命は丘の遺跡じゃない。おそらく大森林にある。ホブゴブリンがいるんじゃ俺たちだけでは太刀打ちできない。フォスさん、あんたの腕を頼りたい」


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